Scribble at 2026-09-28 11:05:25 Last modified: unmodified
このところ、哲学でも「創発(emergence)」という概念が多くの成果に現れており、従来あるいは現行の自然科学が何らかの意味で停滞しているという印象が共有されていて、そこを突破するようなブレイク・スルーを創発というアイデアに求めたり期待している人が多いらしい。
もちろん、これまでにも何らかの意味での停滞を指摘して妙なアイデアを持ち出してくるというパターンは繰り返されてきた。場当たり的な経験の積み上げだけでは限界があるとして理性や理論や体系を持ち出し、理性や思弁だけでは傲慢であるとして経験を持ち出し、それらの体系がいずれにしても静的であるとして動的であることを推奨し、そして現代においては創発的であることが有効なアイデアであるという。もちろん、保守を名乗っているからといって、何の強い根拠もなく alternatives の提案を否定するつもりはない。ただ、どさくさでベルクソンやドゥルーズの通俗解説を出版しているような人々には何の業績も出せないだろうなぁとは思う。だって、いやしくも学術研究者なり哲学者であれば順番が逆だろ? まず国際的なスケールでの明白な業績を出してから、それを社会や一般向けに適用・応用するなり実装するというのが正しい順番だからだ。先に実績を出して有効だという確証を得たり立証してもいないのに、「これはイケる!」みたいなチンドン屋をやってる連中が少なくとも有能なわけないんだよ。
それに、この創発という概念そのものが、哲学においても他の研究分野においても明解で誤解の余地がない定義を殆ど与えられたことがない、理論的な可能性だとか希望や期待ていどのことを別の言葉で言い表しただけではないかという印象が強いと言える。たとえば、「それまでなかったこと」と言ってみたところで、人によってはゼロから何かが生じるかのようなビジネス書によくあるオカルト(アメリカの経営者やコンサルにはクリスチャン、しかもブーバーの信奉者やモルモン教徒が多い)だったりするし、あるいは単なる当人の無知無教養ゆえに自分が知らなかったことでしかないような何かに着目しただけの話だったりする。
そして昨今では、物理学の還元主義には限界があり、そしてそれを乗り越えるためには生命がもつ創発的な特性がヒントになるといった、いかにも青土社とかの編集スタッフが喜びそうな新左翼系の御伽噺をせっせと話し始める連中がマスコミに現れるのだ。ただし、現代においては愚かなことに(あるいは笑うべきことに)、そういう議論の多くが「生成」AI による研究、そして AI が関わると言われている「知性」といったキーワードの連想ゲームで議論しているだけだ。もちろん、当サイトにアクセスしている方々の素養があれば、こういう与太話が色々な誤解を組み合わせていることがお分かりであろう。つまり、こういう話が好きな連中は、科学の研究の最先端が AI を使った複雑系の研究であると思い込み、素粒子物理や超弦理論のような殆ど具体的な成果がない数学遊びに比べて有望であるといった同じ程度に根拠がない思い込み(複雑系も殆ど業績なんて出していない)で勝手にものごとの優劣を決めてしまう。そして、そもそも物理主義とか還元主義というものを「宇宙の一つの真理」からの演繹可能性という、実は間違った仮説によって理解している。それゆえ、物理学研究の最先端が超弦理論やクォークの理論であるという、ブルーバックス的な短絡や偏見にとらわれてしまうのだ。少なくとも、僕ら科学哲学者が議論してきた物理主義や還元主義という仮説は、一つの数式で表されるような数理的な規則性へ自然法則の全てが収束するといった漫画ではないし、あなたが鼻くそをほじっているのが右手なのか左手なのかを量子力学から予測できるといった話でもないのである。