Scribble at 2026-01-28 07:46:09 Last modified: unmodified

先にも取り上げた話題だが、このところ「~としての LLMs」という議論があって、僕はこういう議論に関心をもちすぎるのは良くないと思う。数学として可能な限り形式的・抽象的に扱っていれば、大規模言語モデルの理解や解釈に skeuomorphism を持ち込むことが生産的とは言えないのは明らかだ。そのような、手持ちの道具や概念によって物事を無理やり喩えようとするのは、要するに自分の理解できる範囲に物事を整理するという積極的な効用もあるが、たいていにおいては未熟な短絡となってしまいがちだ。

したがって、たとえば OpenAI がリリースした Prism なり、あるいは Google の NotebookLM にしても、或る特定のユース・ケースだけに特化した「ソリューション」というものの扱いには注意が必要だ。また、書店に増えつつあるエージェント・アプリケーションの制作を手ほどきする本なども、あまりそれらの設計方針などに引きずられすぎてはいけない。LLMs は VB とは違うのであって、上場企業や大企業の情シスといったロボットどもを出入り業者の SIer がロック・インする道具ではない。

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