Scribble at 2026-02-18 16:31:47 Last modified: unmodified
Although justice in organisations is well researched as a descriptive concept, there are few well-developed accounts of justice as a normative concept in organisational leadership. This study explores a Thomistic Aristotelian account of justice in leadership, in which justice is seen as a virtue of right relations and action, which enables leaders to recognise and honour their obligations towards others. Eight normative principles of just leadership are developed from this account, including the pursuit of the common good, protection of the rights of individuals and the importance of rules. A critical discussion of current theories of ethical leadership is offered in the light of the eight principles. Whilst some theories are compatible with this account of justice in leadership, some, such as authentic leadership, are less so. The practical implications of just leadership in business ethics are discussed and challenges are explored. A claim is made for justice as a gold standard for ethical leadership, which is capable of providing an answer to the question: ‘What is good leadership?’ This claim invites challenge from further research and critical engagement from other traditions of justice to develop and test the standard.
Journal of Business Ethics という雑誌に投稿される論文なのであるから、こういう内容のものがあるのは当然なのだけど、トマス・アクィナスだ正義だと大見得を切って言われると読んでるこちらの方が恥ずかしくなってくる。さてはて、こちらが大向うとして唸るほどの内容なのかどうか。
まず、この論文の核心は、組織におけるリーダーシップを記述的な現象としてではなく、トマス・アクィナスの思想に基づいた「正義(justice)」という徳の観点から規範的に再定義することにある。著者のロブソンは、現代のリーダーシップ研究が「公正さへの認識」という心理学的側面に偏重し、哲学的・倫理的な基盤を欠いている現状を指摘している 。アクィナスに従えば、正義とは単なるルールの遵守ではなく、各人にその権利(ius)を認めようとする「絶えず、かつ永続的な意志」であり、リーダーが他者との正しい関係性を築くための理性的意志に他ならない・・・いやあ、僕は倫理学の専攻じゃないから、こんなこっ恥ずかしい議論はプロザックでも飲まない限り難しいね。
で、この理論を現代の組織に適応させるため、著者は8つの規範的原則を導き出している 。まず基盤となるのは、リーダーが自らの影響範囲にいるすべての人々を、自分と等しい道徳的価値を持つ存在として尊重することだ。この「等しい尊厳」こそが、リソースの公平な分配や誠実な対話の出発点となる。リーダーは、組織や社会の繁栄を目指す「共通善(common good)」の追求という一般的正義を果たす責任を負うが、それは決して個人の権利を犠牲にして達成されるべきものではない 。個別的な正義は共通善の追求に対する明確な制約として機能し、リーダーは自身のプロジェクトにおいて他者の権利を限界点として認識しなければならない。
さらに、この正義の概念は組織の内部に留まらず、すべてのステークホルダーや自然環境への責任まで拡張される 。特に環境に対する責任(エコロジカルな正義)については、人間中心的な道具的価値観を脱し、自然そのものを尊重の対象とするようアクィナスの思想を現代的に適応させている 。これらの正義を適切に実践するためには、状況に応じて最適な判断を下すための「実践的知恵(phronesis)」や、困難な正義を貫くための「勇気」、自己の欲望を抑制する「節制」といった他の徳との連携が不可欠である 。
興味深いのは、現代の主要なリーダーシップ理論との対比だ 。サーバント・リーダーシップは共通善を志向する点でこのモデルに近いが、一方で「オーセンティック・リーダーシップ」はリーダー自身の内面的な価値観との整合性を重視するため、客観的・外的な正義の基準を優先するアクィナスの立場とは相容れない部分がある 。また、正義は単なる冷徹な理性ではなく、愛(caritas)やケア(care)に根ざしたものであると強調されている 。リーダーに愛や慈悲が欠けていれば、その判断は過度に過酷なものとなり、真の正義は実現し得ないからだ 。
結論として、この論文は「何が善いリーダーシップか」という問いに対し、効果的であると同時に道徳的に優れている状態、すなわち「正義に満ちたリーダーシップ」こそがその答えであると主張している 。これは、単に部下や組織に害を与えないという消極的な意味を超え、正義をリーダーシップの「ゴールドスタンダード(黄金律)」として確立しようとする野心的な試みだと言える 。
この、Gemini が書いた文章を貼り付けると、どうも妙なところで句点が冒頭に残ってしまって禁則処理がうまくいかないなぁと思っていたのだが、これ句点の直前に意味のわからない半角スペースが入ってるんだな。ウェブ・ページに掲載されているテキストを Windows のテキスト・エディタにペーストすると、改行文字が半角スペースになって、文章の中に無意味な半角スペースが残るという問題が大昔にあったけれど、あれに似た状況へ陥るのが困る。