Scribble at 2024-03-07 15:16:39 Last modified: 2024-03-08 21:24:20
いまだに「京都学派」なんてものを過大評価している後輩にあたる人々が、学閥ナショナリズムのようなもので続々とつまらない咀嚼本や牽強付会の思想書を世に送り出し、そして稀に海外でも無能な研究者が暇潰しに "kyoto school" の本を Springer のような、いまや殆ど自費出版レベルとすら言われているほど簡単なレビューしか通していない版元から出していたりする。でも、当時ですら同じ京都大学の中でも批判的な態度をとっていた人が少なくなかったという事実は無視されたり軽視されている。
しょせん、Oxbridge のようなところで飯時に色々な分野の研究者が集まる貴族的な社交のようなものに憧れた「西洋かぶれ」が、京大の人文研などで繰り広げていた高等遊民的な猿真似の習慣を美化しているだけであろう。それを「学派」などと過大評価した無教養な出版・マスコミ関係者の与太話が、いまでも延々と色々なところで昔は良かった式に繰り返され、書籍として販売までされているというわけだ。
些末な一例だけを取り上げても、文学者を名乗っていた人物が俳句を「第二芸術」と呼んで排斥するなどという愚行にしてから、こういうスノッブどもの暗記秀才的な無知蒙昧さを示していると言える。