Scribble at 2024-08-12 21:54:28 Last modified: unmodified

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いくらユーザビリティの概念に照らして、ユーザ自身の任意や自由に任せることが「正しい」とは言われても、やはりディフォールトの文字サイズがこんな小さいウェブ・ページのサイトは、どうも無意識に使う気がなくなるような気がするんだよね。こういうことを無自覚に続けてると、いま読んでるタイラー・コーエンの『大分断』(2019)でも執拗に解説されているけれど、相手を遠ざけたり分け隔てする「差別意識」なんて仰々しいものがなくても、現実に歳をとるにつれてウェブのコンテンツにアクセスし難くなる。

いま、「区別は差別ではない」論について再考しているところなのだが、もちろんマイクロ・アグレッションなども含めて、区別は容易に差別となりえる。これらは条件の違いにすぎないのであって、何か人や社会階層で最初から固定して持っているような、その人や階層の本質的な属性ではない。したがって、区別と差別の違いも条件しだいなのだから、要するにこれらの違いについての実体主義(何か特別な属性が普遍的に固定しているという考え方)というのは全て誤りである。

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