2017年12月13日に初出の投稿

Last modified: 2017-12-14

昨今、オンライン・サービスを使って「教える素人」が「学ぶ素人」に情報を伝達する機械的な儀式を勝手に「スキルシェア」とか名付けて善行ぶってるみたいだけど、物事には閾値というものがあって、アマチュアが素人に教えるていどのことを何億人が何千年と続けても、その効果は期待するほどのものではないということを弁えるべきだと思うんだよね。人類の歴史というものを予断なく丁寧に理解すれば、人間なんて根っこのところでは大して向上してないことが分かるし、向上している点があっても急激にではなく、たかだかアマチュアが善意でなにごとかをしたところで、そんなことを何か月か何年くらい続けたていどでは社会科学上の誤差にもならない影響だと思う。

もちろん、僕もそれを分かった上でウェブサイトを運営している。情報セキュリティや科学哲学に関心をもつ、しかも(僕ていどの、恐らくは最低限度の)素養がある人間ですら、そう多くはないと分かっている。自分がなにごとかを単に「やった」というだけで、誤差を越えるような成果を現今において与えられるはずだと考えるのは、善良な、しかし愚かで傲慢な思考だ。

でも、少しは期待してやっていることでもある。なにごとかを説明したり説得しようということをやめたら、それこそ何かが変わる(良くなる保証はない)見込みは失われてしまうからだ。したがって、寧ろ「スキルシェア」でもなんでもいいから、膨大な数の事例が蓄積して、それなりに正当な競争が起きればマシになると思う。暇で生活にかなりの余力がある人間だけがやれるようでは、無能でもヘゲモニーを握ってしまうからだ。

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