Scribble at 2024-01-17 13:38:07 Last modified: 2024-01-19 18:44:14

書籍としてご紹介するまでもないし、このサイトにアクセスするくらいの方であればご存知だろうから、具体的なことは書かないでおくのだけれど、ようやく例の威勢のいい人物(ああ、そういやパースの研究をやってて「supervenience は些事」みたいなことを言ってた威勢のいい若者もいたけど)が圏論の本を書いたらしい。ただし、彼はトポスの教科書を書くと言っていたはずなのだが、書店で見かけたのは、なんと青土社から上梓された思想書らしき一冊である。かくして、青土社から出版されるのであるから想定内とは言え、これまでにさんざん語られてきた、圏論で数学どころか科学や知識を統一だのなんのという、5ちゃんねるでも盛大に叩かれている中二病フレーズの繰り返しだ。もちろん、ここをご覧の大半の哲学プロパーや哲学のアマチュアであれば、哲学史の教科書で1ページめに書いてあるような話の繰り返しであることくらい、学部生でも分かるだろう。でも、たぶんこういうのって特にサントリー財団とかが大好物なんだよな。バカだから。なので、たぶんこの本もサントリー財団から何かの賞を受けるかもしれない。先に「おめでとうございます」と書いておこうか(その昔、こういう「褒め殺し」というのが流行語になった時代があった)。

なるほど、彼が冒頭で書いているように、現代にライプニッツのような大思想家・大科学者は存在しない。よって、その現代における劣化コピーの集団でしかない人々を暗に指して「科学哲学は無意味」のようなメッセージを執拗に行間へ挟み込もうとするのは分かるんだけど、たぶん彼もそのへんの履いて捨てるような物書きと同じで、最初から叩きやすい目標を設定しているという気がする。それに、現代にライプニッツのような仰ぎ見る存在がいないからといって、では俺様が圏論で世の知識を総てやろうなんて・・・それ、ふつうはウェブによくいる、孤高の天才を気取るドクター崩れとか(おい、指をさすな。俺は自分について実務レベルで有能だと言った覚えはあるが、天才なんていう恥ずかしい言葉を使おうなんて全く思わないね)、頭のおかしなアマチュアか(だから指をさすんじゃないよ)、あるいはカルトの教祖だよね。つまり学問の話じゃなくて、人、つまり自意識の話になっちゃってるわけだよ。おじさんはねぇ・・・ほんとに、こういう自称思想書や自称哲学書をたくさん見てきたけど、そんなものが真の知的インパクトを世に与えた試しなど一度もないんだよね。いつも言うことだけど、中動態がどうとか、勉強がどうとか、四国の元役人がどうだ、そんな連中の書くものは全て、単なるおりこうさんの自意識パフォーマンスなんだよ。

そもそも、かようなアプローチは脆弱である。まず、ライプニッツのような科学哲学の源流としても理解されている人物を称揚したり、敢えて Vienna Circle などの科学哲学においてすら特殊なテーマを取り上げておきながら、同時に「科学哲学はクソ」みたいなメッセージを発するのはダブル・スタンダードの印象を与える。しかも、彼自身は「#ただしイケメ・・・じゃなくて(偉大な)哲学者は除く」という結果論で、誰の意見は聞いて誰の意見は軽んじて良いといった、ほとんど新聞記者のような態度で哲学や思想を扱っている。これでは、彼の意図に反して本書全体の根拠は単なる歴史的な事実からの学部生レベルの帰納推論にすぎないということになる。

という印象を受けた。まぁ、書店で 0.5 秒ほどページをめくった末の感想なので、たぶん言いがかりの可能性はある。だから具体的なことは書かないでおく。でも、なんというか、かつて何度も留学してはどうかと勧められても断ってきたときの直感どおり、オックスフォードにまで行ってもこんなことしか書けないなんて、やはり留学なんて金持ちの道楽という感想しかないな。行って、長澤くんのようにそのまま職を得るというならともかく、単に経験だの箔を付けるだのという、明治時代の田舎者秀才みたいな理由で行ってもしょうがない。

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