Scribble at 2024-06-14 13:11:14 Last modified: 2024-06-14 18:49:12

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北海道 留萌るもい 市の女子高校生(17)を旭川市の橋から転落させて殺害したとして、同市の無職内田 梨瑚りこ 容疑者(21)ら2人が殺人容疑で逮捕された事件で、女子高校生がSNSに載せた画像を巡り、内田容疑者が無断使用を理由に金銭を脅し取った疑いがあることが捜査関係者への取材で分かった。女子高校生を車で連れ回していた内田容疑者らがコンビニ店に寄った際、逃げようとする女子高校生に暴行を加えていたことも判明した。

大声出し逃げようとした17歳女子高生、暴行され未明に高さ10mの橋から転落させられる

僕は高校時代から「社会防衛」という議論を弁護士志望の友人とも語っていたという経緯があって、罪を犯した者に対する刑罰として社会から隔離するというのは当たり前だとして、その後をどうするかについても、やはり「更生」というものが難しいという現実を考慮しなくてはいけないと思う。

もちろん、SF アニメなどの「犯罪係数」みたいな話をしたいわけではないけれど、ひとたび条件によっては犯罪に手を染める人間だと分かった以上、それを抑止するために、やはり同じ条件が生じないように保護したり観察する必要があろう。

つまり、出所しても、それから仮に本心から更生したとしても、リスクがあると分かった以上は、原則として公的な監視下に置かれるしかなくなるわけであって、実際のところ服役している期間よりも長期に渡る実質的なペナルティとなる。犯罪に手を染めてしまう人々は、このていどの世の中の現実すらどうでもいいと思うからこそ、そして上のような事件を起こす頭の弱いガキであればなおさら、想像する力がなくて安易に犯罪を起こしてしまうし、気軽に人を殺してしまう。正直、こんなガキが更生するとはとても思えないし、民放のドキュメンタリーみたいに「信じる」なんて気軽に言ってみたところで、再び罪を犯したときに、物わかりのいい善人ヅラして「信じる」などと言ったり書いた人間は、どうやって被害者に弁解するというのか。

まぁでも、簡単に文化や世相と関連付けてはいけないだろうと思うが、そらねぇ、渋谷で人殺しに明け暮れる小僧を英雄視するマンガを官公庁がキャンペーンで採用する国だからなぁ。こんなのは他の国ではありえないことだろう。ギャングを青色申告のキャンペーンに使うようなものだ。実は中国みたいな専制国家よりも人の命なんてなんとも思ってないやつが多いんじゃないの、この国って。風俗産業やサブカルばかり発達してるってことは、刹那的な生き方というか、要するに人生とか命なんてどうでもいいと思ってる人が多いって証拠だと思うんだよね。先進国の中でも異常に自殺率が高いという点でも、昔から「カミカゼ」だの「ハラキリ」だのと死ぬことを美化するようなフレーズばかり流行るという点でも、やはりこの国はどこか、それこそ「伝統的に」おかしいと思うね。なので、僕は保守を名乗っているけれど、「日本人」なんて言われると薄ら寒い、気味悪い。そんなキチガイ DNA を自分も持ってるのかと思うと、やはり日本なんていうクズみたいな観念にとらわれるような保守ではいけないと思うし、哲学者としてはもともと日本なんてどうだっていいので、やはり僕は哲学者として生きる以外に意欲がもてない。

そして、そろそろ本題に入ったほうがいいだろうけど、こういう橋から墜落させて殺すなんて凄惨な(ガキ本人は大したことでもないと思ってるんだろうけど)事例に接すると、もうネットに顔写真まで残るわけだし、もうこういうガキはまともな人生を送れないし、遅らせるべきでもないと考える人はいるだろう。どれほど後悔し反省しても求職者の身元を調べるサービスを利用していない中小零細はともかく、まずまともな企業は前科者なんてまず採用しない。だって、そんなのを採用しても CSR のキャンペーンになるどころか、応募する人が減ったり退職者が出るだろう。「人殺しと一緒に仕事なんかできるかよ」。それはそうだろう。よって、そういう人々が生きていこうと思えば、このまえ死ぬ間際に「自首」したとされる極左のテロリストみたいに、匿ってくれる団体があったり、偽名で暮らし通す色々な準備をしないと、まともな生活はできない。現実には、そんな組織なんてゴロゴロないのだし、風俗、ヤクザ、あるいは日雇い人夫やホームレスなどの選択肢があれば良い方だろう。

また、今回は殺人ということなので社会的に抹殺されても然るべきだろうけど、他のもっと軽微な犯罪でも、世の中の傾向としてはどんどん厳罰化を求めたり、あるいは前科というプライバシー情報を公益のためにプライバシーという例外扱いから除外するべきだという意見もある。たとえば、ストーカーとか未成年に対する性的犯罪とか、そんなのが保育や教育の世界に入ってくると大変だろう。それに一般論としても、人殺しや詐欺師と知らずに関わり合いになるなんて、そんなことを国がプライバシーの名において保障するなら、国は「誰の味方なのか」というわけだ。出所してきた場合は、人権としての優劣を比較するべき法的な理由はない筈だが、しかし社会的にはあるというわけだ。そして、もちろんそういう不安を感じる人々の心理は、わからなくもない。

しかし、やはりこれはリスクが「顕在化」した人々だけを目の敵にしているだけであって、実際には多くの人々がまだ犯罪を犯していないだけの、似たようなメンタリティの人であるかもしれなというリスクを無視している。そして、だからこそ前科者だけではなく、誰が危険なのかわからないからこそ、もっと監視カメラを設置するべきだというエキセントリックでクレイジーな議論に進むのか、それとも、誰にでもカッとなって人を殴ったり殺めてしまう弱さがあるかもしれないなどと、聞こえはいいが被害に遭ったことがないであろう、いい人ぶった左翼の軟弱理屈で済ませるのかという前世紀の二者択一な構図だけでよしとするのかという問題を検討しなくてはいけないはずだ。

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