Scribble at 2026-11-03 19:31:30 Last modified: 2026-11-03 19:39:56

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人気マンガ「ドラゴンボール」などを手がけた故・鳥山明さんが、仕事場に使った愛知県清須市内の建物の解体工事が進んでいると毎日新聞が報じました。残念がる声、遺族の考えに理解を示す両方の声もありました。一方で「残す道はなかったの?」という、素朴な疑問が思い浮かぶ人もいるでしょう。

鳥山明さんの仕事場 なぜ残せない? クールジャパン戦略との重なり

当サイトの論説でも書いている話題だが、歴史的な遺産として有名人の生家や住居を保存する活動について、早くも中学生の頃に考古学者となるべく嘱望されていた人間として、敢えて疑問を呈したい。

まず事実として、有名人の生家や住居は実際には殆ど知られていない。ニュートンは超有名人だが、彼がどこで生まれたのか言える人は殆どいないわけで、したがってニュートンの生家がどこにあるかを知っている人も殆どいない。たぶん、物理学者ですら半分以上は知らないと思う。要するに、有名人が生まれ育った住居がどこにあるかを知っていたり、そういう場所を訪れたくらいでは何の意味もないのだ。たいていの観光が実際には殆ど人の記憶に残らないのと同じである。訪れたそのときは何らかの感慨はあろうが、そんなものはたいていすぐに忘れてしまい、そういう場所に行ったという経験の情報だけがマーカーのように記憶されるだけなのだ。よって、もしニュートンの生家(イングランドの中央部にある、リンカンシャー州ウールスソープという町にある)を保存することによって物理学を志す人を増やしたいとか、物理学の事績を伝えたいとしても、そんなことは生家を残すことでは果たせないのである。

実際、鳥山明氏の仕事場が東京ではなく愛知にあったことすら、初めて知ったという人が日本人にすら多いであろう。そして、鳥山明氏の仕事場を眺めたくらいで優秀な漫画家やアニメーターが育つなんてことは、はっきり言ってありえないのだ。

こういう、口先だけの「アーカイブ病」あるいは「保存癖」みたいなことを口走る物書きが世界中にいるのは、実際にはこういう記念館などの設立や運営そのものにコストがかかり、「観光資源」などと軽口を場外から叩いていても、実際は訪問する人なんて大していないという、まさしく歴史として記録が残っているデータすら調べずにものを書いているからだ。実際、政治家や芸術家や芸能人の名前を冠した記念館の類は、続々と設立されていながら、他方で続々と閉館している。北島三郎や石原裕次郎、村田英雄といった昭和のスターたちの記念館などは早々と閉鎖されてしまったし、他にも企業の展示館などもコロナ禍という特殊な事情だけではなく、やはり来場者が少ないことと多額の維持費を株主に説明できないという事情で次々と閉館している。

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