Scribble at 2024-05-09 19:59:46 Last modified: 2024-05-09 21:10:33

添付画像

以前も書いたことだが、「若者の右傾化」が本当の傾向だとすると、その一つの要因はメディアだろうと思う。若者の大半が政治や社会についての情報をウェブ・コンテンツから得ているのは、いまや自然であり当然であろう。おおよそ全国紙は購読料金が5,000円もするのに対して、スマートフォンを使っているという前提さえあれば、ニューズのヘッドラインを Yahoo! ニュースや Google ニュースや X などから読むためのコストはゼロである。

こういう前提があって、大半の若者がニューズをウェブ・コンテンツとして読もうとするとき、次に「障害」となるのが paywall であることは明白だ。新聞紙を月額で5,000円も捻出する気がない大半の若者が、わざわざ同じくらいの料金を必要とする paywall の記事をサブスクしてまで読むわけがない。すると、paywall でブロックされている記事が多い媒体から順番に敬遠されていくのは当然であって、ご承知のとおり paywall の記事が多い新聞サイトを並べると、(1) 朝日新聞、(2) 毎日新聞、(3) 読売新聞、(4) 産経新聞となる。おそらく、大多数の若者は paywall の記事が少ない産経新聞のサイトへアクセスするようになり、paywall の記事が多い(いや、それどころか妙なコーディングのせいでページの表示スピードも格段に遅い)毎日新聞のサイトへは寄り付かなくなる。芸能ゴシップなど一部のクズみたいな記事を除けば大半の記事が paywall となっている朝日新聞に至っては、Facebook 上の広告並に邪魔なコンテンツとして扱われている可能性すらある。

そして、この傾向は若者が金持ちであるか貧乏であるかに、実はあまり関係がない。無料のコンテンツにアクセスが集まるとしても、それはアクセスしている若者が貧乏だからだとは限らない。なぜなら、仮に小遣いなどを多くもらっていても、新聞サイトのサブスク料金を払うくらいなら、ゲームのガチャに注ぎ込んだ方が「有効」だと考える若者もいるからだ。そして、ゲームのガチャにも劣るほど報道とか情報が軽んじられている原因を作ったのは、マスコミ自身なのである。いまや全国紙のサイトですら、大手のアグリゲーションにヘッドラインを掲載してもらって、アクセスを集めるために clickbait、つまりは釣りタイトルを捻り出すようになっており、ヘッドラインの文言で比較するだけなら、毎日新聞とスポニチを区別することは困難になってきている。このような次第で、若者はますますスタンダードなメディアとクズのようなメディアとの区別ができなくなっているし、その区別をしなくてもいいと見做している。こうなると、ネトウヨやポピュリズムのような連中が書くものと、旧来の報道メディアが書くものとでは、殆ど質が変わらなくなるわけで、誰も「ジャーナリズム」なんてものを信用しなくなる。なにせ、いまや大手の新聞記者でも就業時間の大半を X のタイムラインからのコピペで過ごしているくらいなのだ。僕は、何日か前に書いたように、日本の報道機関なんてもともと素人集団だと書いたが、その傾向は更に強くなっている。

要するに、若者の右傾化などと左翼メディアが憂いて見せる以前の状況に移行してしまっているのである。

しかし他方で、Z 世代などと呼ばれている多くの若者はリベラルと言われるし、パワハラやモラハラやセクハラを嫌う傾向にあって、表面的には左翼メディアが読者として好ましいと期待するようなメンタリティなのだが、その要因は彼らが朝日新聞を読んだり岩波の『世界』を読んでいるからではないだろう。そして、このようなメンタリティだとかマインド・セットが旧来の新聞や出版やテレビといった動向と強い関連性がないとすれば、やはり予想できる要因はソーシャル・メディアであり、ソーシャル・メディアのコンテンツを支配しているのは良くも悪くもリベラルである。それは、日本においても例外ではない。すると、日本において Z 世代と呼ばれるリベラルな若者と、増えつつあるとされるネトウヨの若者とがどちらも一定の割合でいるという状況を作っているのは、既存の新聞や出版社のメディアがどうであるかに起因するわけではなく、リベラル寄りのソーシャル・メディアのコンテンツと、ネトウヨあるいはネオコンやリバタリアン寄りのアグリゲーター(NewsPicks など)とが、どちらも無料コンテンツとして若者のメンタリティに影響を加えているからだと考えたほうが自然であろう。

すると、既存のメディアのブランドというものが効果を発揮しなくなってくる。新聞社やテレビ局のブランドと YouTube や LINE ニュースのブランドとでは大差がなくなるか、若者にあってはブランドのちからが逆転している可能性もあり、学者や文化人がどれほど新聞社や大手出版社の名前を使ったイベントや番組を作ろうと、若者に訴える力がなくなってしまう。もちろん、僕は擬制的な権威主義者として、従来の偽の権威であった新聞社やテレビ局が失墜することは「良いこと」であると思うので、この傾向を必ずしも憂いていない。しかし、そのかわりに更に酷いクズみたいなメディアが権威を握っては困る。

ただ、一部の報道にあるとおり、いまや高校生の半分が英検準2級のレベルにあるというので、もう日本のメディアや出版社の中で選ぶなんていう、ウンコ味のカレーとカレー味のウンコのどちらを食うかみたいな話を飛び越えて、多くの若者がもっとまともな海外の報道機関も参考にすることを期待したい。もちろん、アメリカの報道機関も Fox News や New York Times のように偏向している場合が多々あるから、盲信はいけない。だが、日本語でしか日本の様子を理解できないという限られたリソースよりも多くのリソースを利用できる方が望ましいのは確かだ。なので、これからもまともなレベルの英語の実力をつける若者が増えてきて、もちろん日本語の能力を維持してのことだが、多くのメディアを利用してものごとを判断する若者が増えてくれば、国内の新聞社やテレビ局が半分くらい倒産しようと大したことはない。そのかわりに海外のメディアの支局が増えればいいのだ。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Twitter Facebook