Scribble at 2024-03-27 09:40:15 Last modified: 2024-03-27 22:28:55

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もう既にこんなことを言う人はいないだろうから、わざわざ改めて話題にすることもないとは思うのだけれど、発注側つまりクライアント側にはウェブ制作という業界が立ち上がってからずっとクライアント側だった人も多いせいで錯覚したままの人も多いため、敢えて話題にしておこうと思う。そういう人たちが自分の間違った感覚を、後から入社してくる若い人々へマインド・セットとして刷り込んでしまうと、上場企業や大企業の企画部や広報部の連中は何百年が経過してもウェブのコンテンツについて誤解したまま、札束で電通や博報堂の営業マンをひっぱたくだけで集客できるとかブランドや認知度を維持できると思い込んだままになってしまう。

僕が言いたいのは、こういうことだ。ウェブ・コンテンツは、敢えて言えばもっともシビアなコミュニケーション媒体である。

かつてウェブ制作会社の営業(自分たちでは「ウェブ・ディレクター」とか「ウェブ・プランナー」などと呼んでいる)の多くが、ウェブ・コンテンツと印刷媒体とを比べて、「ウェブはカンタンに修正できる」などと言っていた。この「カンタン」という片仮名表現を使ったのは、たいてい熟語を片仮名で書こうとするやつは、その意味を都合よく勝手に解釈して濫用していることが多いからだ。特に1960年代あたりから左翼の三流物書きのあいだで流行した、「陋習」と言ってもいい日本語の運用である。最近でも、一部のクリエイターとか官僚が、熟語や下の名前を片仮名で表記することで親しみ安いだろうとか堅苦しさがなくなるだろうなどという錯覚に陥っている(ひらがなだと、僕がここで何度か書いているように、膠着語である日本語では、「はははははは」などという言葉遊びでも知られているように、指示詞や助動詞や助詞などとの区切りを付けにくくなる)。この場合は、不必要に文語体の表現を使うことが相手に堅苦しさを与えるのであって、熟語で書いたくらいで相手がたじろぐなどと思い込むのは、国家官僚の場合は東大暗記小僧のパターナリズムな思い込みにすぎないし、クリエイターの場合は自分たち自身の無教養さを他人に押し付けているだけの話だ。

確かに、間違いを改めるだけならウェブ・コンテンツは「カンタン」だ。ソースを修正してアップロードしなおせばいい。ものの数分で終わる。しかし、それだけではコンテンツを改めたことにはなっていない。内容を修正するということの効果や結果は、相手にそれがきちんと伝わっていなければ、勝手に相手が知らないところでコンテンツを変えただけにすぎず、相手にとって過去の内容を更新したり修正することにはなっていない。そして、ウェブ・コンテンツにおいて、相手に内容を更新してもらったり修正してもらうことは非常に難しく、テレビ・コマーシャルや印刷媒体よりも更に難しい。

これは、それぞれの広告媒体がエンド・ユーザなりカスタマーにどう配信され、彼らがどうやって接しているかというリアリティを思い起こせば、実は誰でも分かることだ。まず、テレビ・コマーシャルで何か間違いがあったり、不適切なことを喋っていたのを視聴者が発見したとする。最初は「あれ?」と怪訝に思うていどかもしれないが、テレビ・コマーシャルは同じ番組を観ていたら何度も放映されることが多いので、何度も見ていれば「これはちょっと、まずいんじゃないか」と感じる人が増えて、その中の何割かはテレビ局やコマーシャルの主体である企業などへ問い合わせるだろう(中にはクレーマーもいるわけだが)。あるいは、雑誌や新聞に不愉快な記述を見つけたら投書するジジイなんていくらでもいる。昨今は、Amazon.co.jp でのカスタマ・レビューだとか「読書メーター」のようなレビュー・サイトでも数多くの書評とも校正ともつかない、あるいはたまに古本の状態にまで文句を書いている文章が数多く投稿されている。

これに対して、ウェブサイトの場合は炎上するほどの内容なら、APA ホテルの社長だのタマホームの社長だの、あるいはヘイト・スピーチを書いていたどこぞの会長だのと大きな話題になったりするが、些細な誤記やデザインの間違いで受けた誤解だとか悪印象くらいで、ビジターがいちいちサイトの運営会社に問い合わせたり文句を言ったりはしない。そして、テレビ・コマーシャルは番組を観ていれば勝手に再び流れるし、雑誌や新聞は自分で手に入れたり購読しているのだから手元にあるが、ウェブ・コンテンツが修正されたり改善されたかなんて、エンド・ユーザやビジターが自分自身で再びアクセスしようと思い立ったり、その必要を感じない限りは、どれだけ即座に的確に改めたり更新しようと、改めたという事実が伝わる可能性は非常に低い。要するに、ウェブ・コンテンツには相手に伝えるセカンド・チャンスが殆どないのだ。なお、印刷物は物理的に修正のしようがないからウェブ・コンテンツよりも厳しいというのは、実際に人々が手にしている印刷物については正しいかもしれないが、雑誌や新聞の場合は購読している限りは訂正記事などを掲載してフォローする余地がある。そして、購読者が受動的にではあれ目にする可能性はある。しかし、ウェブ・コンテンツの場合はエンド・ユーザが自発的にサイトへ再びアクセスしないかぎり、何をしていようと相手は訂正し得ない。そして、大切なことは、エンド・ユーザには自らの理解や印象を訂正したり改善する動機づけや責任なんてないのである。

僕らは、こういうシビアさを色々なサイトの運営側で何度も味わってきたため、20年前からでもこういうことが言えたし、いまでも言っている。たとえば、もう20年近くも前だから具体的な話をしてもいいと思うが、僕はかつて西天満の或るウェブ制作会社に所属していて(いまでは「北丘」とか表記してるみたいだが、そういうくだらない言い換えや表記揺れは B2B ビジネスのサイトをデザインするにあたっては違反行為だ)、そこでは宝塚歌劇団の公式サイトを運営していた。もちろん、公演が新しく始まる際に発売されるチケットの予約システムなども関連しているため、予約を受け付けるページの内容だとか、予約システムにリンクしているページの更新作業などは、たいへんシビアな作業を求められていた(僕は数ヶ月で退職したので、殆ど関わっていない。そもそも、働きに行くというよりも残業しに行ってるような会社だったからだ。いわゆる IT 人材が僕だけだったし、バイト並のギャラで過剰な職務を期待されたのがきっかけで、逃げるが勝ちと判断した)。もちろん予約は日付が替わった直後から始まるため、日付が替わった瞬間(0時)に、予約を受け付ける専用のページへリンクしているトップページを更新しなくてはいけない(もちろん僕ならサーバの時刻に合わせてコンテンツの表示を切り替えるようにプログラムを仕込むと思うし、実際にその制作会社へ転職するまえの会社でも、EC サイトを単独で構築・開発・運営していたときには、そういう仕組を使っていたものだが)。そして、こういうことで何か些細なミスがあると、あたりまえだが宝塚の熱狂的なファンからのクレームが劇場側に押し寄せるため、サイトを運営している側も謝罪にでかけてゆくということになる。そして、ここまでシビアな状況ではなくとも、コンテンツの編集ミスだけでも重大な問題として大騒ぎになることだってある。たとえば、宝塚の場合は「席次」というものが厳格なので、名前を表記する順番を間違えるだけで始末書と菓子折りを宝塚まで届けるような事態になるため、その制作会社へ入社したときには宝塚のスターをすべて暗記せよと勧められたものである。かように、下請けの社内にまでパワハラが横行していたのだから、いわんや宝塚の内部では何をかいわんやである。男装の演劇なんていう、百合だかクィアだか LGBT だかなんだか知らんが常識的には妙な趣味に金や時間を費やしてる連中など知ったことかと思っていたが、商売は商売だ。しかしともかく、コンテンツの運用がシビアであるという点については、制作のプロとしてしかるべきスタンスで業務に取り組んでいた会社であることは確かであり、これは彼らを称賛してよいと思っている。

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