2017年04月27日に初出の投稿

Last modified: 2017-04-27

シリアから日の身を守れるかどうかでしかない。そのため、一定の修練が必要な武道を習得するのもよいが、その必要がない対抗法を覚えて適度に練習しておくのもよいと思う。ちょうど、スイスの国防パンフレットが再び店頭に並んでいるし、護身術の本もたくさんある。

日本では、どういうわけかこういうことをすぐに「他人を疑う人」だと見做して、他人を信頼しない根性の歪んだ人間であるか、何らかのカウンセリングを要する「かわいそうな人」として描く小説やテレビドラマや漫画が大量に作られてきた。それゆえ、多くの人々は、自宅に厳重な防犯設備を導入している家庭を「付き合い辛い」と判定するようになり、ちょうど雷親父が住んでいる魔窟か何かのように扱うようになる。まったく、悪い意味で「マンガ的」と言うほかはないが、実際にも日本人の多くはマンガなどの通俗文化により、精神構造から個々の判断基準という精神の中身まで、自覚があるかどうかはともかくとして影響を及ぼされているように思う。

僕が、マンガやアニメもそれなりに研究するべきだと考えるのは、絵柄がどうとかいう話ではなく、現実にマンガやアニメで育った人間の価値観というものが、一種のミームとして他の表現手段に比べて安易に平準化されたり伝播しやすいだろうからだ。そして、残念ながらマンガで哲学や統計学を語るようなつまらない通俗書の影響よりも、マンガによる物事の単純化、あるいはなまじっか姿かたちをもって描かれるがゆえに理解の起点が皮相的なレベルにとどまってしまうという悪影響の方が着実に「効果」を上げているような気がするのだ。

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