2018年07月11日に初出の投稿

Last modified: 2018-07-11

Uber’s chief people officer quits amid a racial discrimination investigation

昨今、風変わりな「チーフ・**・オフィサー」という職名が大流行していて、新進ベンチャーに限らず多くの上場企業でも "chief people officer" だの "chief philosophy officer" だの "chief diversity officer" だのと言っては、何の業績もあげられずにフェードアウトするか、記事のように地位に見合っていない無様な失態を演じて辞めていく。思うのだが、プロザックを愛用している多くのイカれたアメリカ人はともかく、たいていの国の人間は自分たちに他人よりも格段に抜きんでた才能なんてあるわけないと冷静に弁えている。犬でも「チーフ」になれるポジティブ思考の軽薄さなど景気に後押しされただけの余技でしかない。つまるところ、IR 目的のパフォーマンスとして奇妙な役職を捏造するしか能がないのは、それだけ主事業の成績から株主の注意を逸らす必要があるからだ。実際のところ、大多数の企業の役員にとって、ダイバーシティなどというものは IR 対策の一つだと見做されているのがリアリティというものだろう。会社に余裕があれば、「その手の連中」でも喜んで雇用しておけばいいというわけだ。そして、景気が悪くなれば、たとえ保守的と言われようと売り上げを優先して何が悪いと大統領のように居直ればいい。しょせん、企業の経営者にとって思想というものは手持ちのカードの一部にすぎまい。

こういう「チーフ・なんとか・オフィサー」の乱立がよくないと思うのは、どのみち得意とすること以外は凡庸で大してスキルも見識もない人間を役職にしてしまうことで、大してスキルも見識もないことについては全く消極的な人か、あるいはダニング=クルーガー効果によってスキルも見識もないことにまで口を挟み出す人が増えることだ。これらはどちらもマネジメントとして不適切である。もちろん、何についても有能な人間などいないのだから、何かしら役員でも得手不得手はあろう。しかし、従来のスタンダードな役職の範囲で評価してきた蓄積を参考に、できるだけリスクを回避するような知見があると期待できる。これに対して、チャレンジそのものは否定しないが、昨今の企業における「チーフ・なんとか・オフィサー」は、はっきり言って不要なものばかりだ。たとえば、ダイバーシティ担当のオフィサーが人事担当役員の他に必要な理由など全くない。ましてや、chief philosophy officer などというものは、本来は代表取締役がやるべきことでしかないのだ。Twitter に(いかに自分の娘とは言え)幼女の写真を飾って喜んでいるような凡庸な「思想家」などに、何ができたというのか。(いまとなっては、どこの役員だったかも知らないし興味もないが。)

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