2017年05月29日に初出の投稿

Last modified: 2017-05-29

Amazonの「めんどくささ」に、みんな気づいてきたのかもしれない。

僕は今年でアマゾンを使い始めて15年になる。アマゾンのアカウントサービスで購入履歴を見ると、6月から使い出している。最初に注文したのは、オライリーから出ていた ActionScript の概説書で、実は Flash コンテンツを作ったことは殆どないのだが、その当時は素養として憶えておこうと注文したのだった。他にも、Welsey C. Salmon の論文集(彼が自動車事故で亡くなった後に編集されたものだったはず)や Ian Hacking の確率論の教科書を購入している。そうしたことから始まって、やはり洋書を手軽に買えるようになったのは助かった。当時、大阪は丸善がいっとき店を閉じてしまって、洋書を買う店が梅田の紀伊國屋書店を除いて殆どなくなっていたため、京都の至成堂さんを利用していたのだが、わざわざ京都まで行くのも手間だったから、大学にいた頃は半年ごとに行っていたのが、勤め始めてからは5年に一回くらいしか行かなくなっていた。いまでは信じがたいことだが、バイト代を貯めて1回に8万円くらいは使っていたので、一冊 12,000 円くらいするハードカバーを割と気軽に買っていたのが、懐かしくもあり、或る意味では愚かだったなと悔やまれる(もちろんプロパーに求められる嗅覚のようなものは持っているから、「当たり外れ」だけで言えば大半が意味のある買い物だったのだが)。

さて、勤め始めると洋書を一度に買う必要がなくなったので、その都度で注文するようになった。だいたいひと月に2、3冊ずつ買っていたように思う(他に邦書はジュンク堂などの実店舗でも買っていたためだ)。コンビニエンスストアでの受け取りが始まると、通勤時に立ち寄れるローソンに届けてもらうようになり、その場で取り出して会社へ持っていくようになった(仕事の本ではないから、その大多数は、そのまま自宅へ持って帰る)。しかし、それもコンビニエンスストアへ立ち寄るというのが面倒になって、いまでは自宅へ送ってもらうようになった。一冊ずつ注文することが多くなったので、郵便受けに投函できる大きさだから不在票を入れてもらう必要がないし、たいていは文庫の古本だから盗まれても大してインパクトがない。

筆者(書籍の話をしているときに「書籍の著者」や「書籍が言及している他の本の著者」や「その書籍について書いているブログ記事の著者」や「いまこうして、そのブログ記事を取り上げて書いている私の一人称」は、すべて「筆者」と書けてしまうため、これらの書き分けをそろそろ当サイトや僕自身の方針として決めておかないと誤解を生じるのだろう。これは早急に検討してみよう)、ここではブログ記事を書いている fujipon という人物のことだが、筆者が述べているように、「そんなに宅配業者に負担をかけるのがイヤなら、リアル書店で買えば良いのではないか、と思うんですよ」というのは、僕も同感だ。洋書のように、いまでは値段や品揃えという点でアマゾンが圧倒的に有利である状況を除けば、それほど面倒でもない実店舗でも買えるなら、実店舗で買えばよいと思う。ただ、それ以外は支離滅裂な文章で何を言いたいのか分からない。

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