2018年08月06日に初出の投稿

Last modified: 2018-08-07

僕は、ウェブアプリケーションを始めとするシステム開発に従事する技術者として、あるいはその基礎になっている情報理論や離散数学に関心をもつ科学哲学者として、たびたび「都内の IT 成金」とか「西海岸のテクノロジーおたく」とか「シンギュラリティというカーゴカルトの信者」などと、主に IT ベンチャーの経営者や技術者らの言動を揶揄している。その最も強い動機は、彼らが物事の道理や最適な答えを(実は現行の数学としてすら未熟な)手持ちの数理モデルで獲得できると称しながら、実際には貧弱な仮説をプレゼンしているにすぎないからだ。こうした人々の多くは、「量子コンピュータを使った機械学習でビッグデータから得た集合知を解析した最適解」などという、マーケティング業者や広告屋や経営コンサルが口にしそうなナンセンスをわめきながら、事実上は自分たちのソリューションをプレゼンしているにすぎないか、自分たちの業界に有利な規格や実務プロセスだけが唯一の解決策であると(場合によっては無自覚に)利益誘導しているだけなのである。

実は、「シンギュラリティで労働や寿命や疾病から解放される」などとたわごとを口にしている IT ベンチャーの経営者で、機械ごときが自分たちの代わりになるとか不老不死が実現するなどと本気で思っている人間など殆どいない。彼らは、人々にそう期待させることが IT 産業の展開にとって有利になると思っているだけなのだ。もしコンピュータが医療判断の道具として医師のパフォーマンスよりもはるかに安価で短時間に成果をあげるようになれば、公的資金あるいは企業に課せられた健康診断の実施にかかる費用の多くを IT 産業に投じてもらえる。ご承知のように、民生品としてのパソコンのパフォーマンスは、既にここ数年のあいだ殆ど性能が向上していない。コアをいくつ増やそうと、全てのコアを使って処理するわけでもなく、またそういう処理に対応してアプリケーションが作られているわけでもない以上、コアが8つになろうと12個になろうと、Photoshop や Windows の処理スピードや処理量が8倍になったり12倍になったりはしないのである。既にコンピュータという製品自体はスペックとして頭打ちである。よって、IT 産業は横展開するしかない。その一つが産業用ロボットであり、さまざまなビジネス判断のサポート機器である。そして、AI を組み込むことによって、それまではブルーカラーを置き換えていたにすぎない商圏が、ホワイトカラーをも置き換えるようになるというわけだ。もちろん、これは実のところ何十年も前から色々な企業がやってきていた。プログラムの自動テストとか、セキュリティ判定システムとか、経営分析システムとか、それこそオペレーション・リサーチの歴史も含めて、ほぼコンピュータを利用してきた歴史に匹敵するくらいだと言ってよい。そして、コンピュータで辛うじて産業用に応用できた一部の成果が、産業用ロボットのロジックボードなどだったのである。

つまり、IT ベンチャーの経営者が口酸っぱく TED などのお喋り会場で大風呂敷を広げなくとも、工学の歴史を真面目に勉強してきた人間であれば、工学がそもそも人の機能を延長したり模倣してきた歴史をもっていることは常識の範囲だと言ってよい。それでも、人類はそう簡単に成果をあげられなかったのである。たかだか計算速度が 1,000 倍や 10,000 倍になった「ていどのこと」で、何かが解決するとか、何かを解決できる方法を我々が手にしたなどと言うのは、それこそ数学的どころか工学的に言ってナンセンスという他はない。それにも関わらず、シンギュラリティだの AI による診療で平均寿命が延びるとか、創薬が進んでアルツハイマーや癌が風邪と同じていどの病気になるといった、代替医療やイカサマ民間療法と同じようなことをマスコミに書かせているわけだ。このような連中、特に伝聞と称して勝手なことを書いている新聞、雑誌、テレビ局、そして通俗的な新書やオンラインメディアの編集者やライターどもというのは或る種のクズだと思うが、こういう連中がセンセーショナルに勝手にものを書くものだということくらい分かっている筈である。カーツワイルのように自分自身がマーケターであるような人物のたわごとはもちろん、それ以外の人々が口にするテクノロジーそのものに関する予測や期待という与太話についても、それらの大多数は工学的にも数学的にも何の根拠もない、ただの論理的可能性(つまり概念を LEGO のブロックのように好き勝手に組み合わせられるというだけで語れる)にすぎず、読む必要などない。

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