2019年06月05日に初出の投稿

Last modified: 2019-06-05

ふと思い立って、帰りに堂島のジュンク堂へ立ち寄った。暫く金融の教科書を眺めていたのだが、いつも19時30分頃に父親へ電話している頃合となったため、いったん店の外へ出て、今日は天丼を食ったとか暑いとか話してから、再び店へ戻った。国際金融論も面白そうなので、そのうち手ごろな教科書を読みたいのだが、ひとまず次の土曜日に図書館で借りてみよう。

そのあとは奥へ少しずつ進んでいって、20:30に店を出た。金融の次は哲学の棚を見て、神野さんと中才先生が訳したヒュームを眺めて買う予定を考えた。色々見ていると、一ノ瀬さんが死について、そして田村さんも自己犠牲について大部の本を出しているので、覚えておいた。そういえば冨田さんがローティの翻訳を新しく出しているのにも気づいたが、ちょっとローティのメタの議論は食傷気味である。あとはお勉強君が今度はアメリカで何かやってるとか自意識過剰な雑文を出版していたり、最先端哲学がお好きな玉川の教員がまたぞろ同じような通俗本を出している様子を鼻で笑いながら次の棚へ向かう。最近のおフランス思想のみなさまは、なんとか実在論だろうとバディウだろうと、ちょっと分析哲学や科学哲学への憧れというかコンプレックス丸出しの本が多くて、俗な言い方だが格好悪いな。もともと自分たちが宇宙の中心みたいな傲慢さがフランス人の哲学の取り柄だったのだから、イギリスやアメリカなんて文化僻地の哲学に擦り寄るのはやめたらどうか。

システム開発の棚では、Rust の新しい本が出ているので眺めてみた。色々と細かいことまで書かれていて興味深いが、概説書で 5,000 円弱というのは気軽に買える値段とは言い難い。Apress の概説書を 3,000 円ちょっとで読めるという選択肢を持つ者としては、どうも日本の出版社が出す概説書はよほどのオリジナリティでも無い限りは買う気にならないのが残念だ。

次に数学の棚を見た。意図が分からないのだが、数学だけで一列ぶんの棚を使ってる割に無駄と思える面陳列(表紙を向けて本を並べること)が多い。珍しい本の在庫が多いことで評判を積み上げてきたのがジュンク堂なのだから、学術書の棚で面陳列などという無意味なことをするくらいなら在庫を増やした方がいいと思う。背表紙の文字で目当ての本かどうか判断できないという事情は分かるが、最も奥にある棚でやるには、ちょっと空間を無駄に使いすぎていると思う。

ちなみに、いつもフェアをやっている長細いエリアが休憩所になっていた。入り口あたりに飲み物の自販機があって、座るテーブルが幾つか置いてある。なにやらテーブルに注意書きがあったので、恐らく他の窓際のテーブルとは違って商品を持ち込んで飲むのはやめてくれとでも書いてあるのだろう。そもそも書店の中で飲食できること自体が異常である(昔の梅田の旭屋書店や、天満橋のジュンク堂みたいに区画がはっきり分かれているならいいが)。それにしても、ちょっと空間の使い方として無駄が多すぎるように思う。空いているエリアの割りにテーブルが少ないのだ。あれは、次の用途が見つかるまでの一時しのぎなのか、それとも何かの小さな前兆なのか(たとえば移転するとか)。

ともあれ、その後に複雑系やネットワーク理論の棚へ進み、本日は前から気になっていた『流れとかたち』(ベジャン&ゼイン)を買ってきた。もちろん黄金比の関連で、発生論的な議論をどうやって論点先取に落ち込まないで展開できるかに興味があったからだ。言ってしまえば、黄金比なんて実は瑣末な話であって、哲学としては universals に関わる議論として扱う方が有益だし、そうする必要もあると思う。いままでは MD で雑文を出していただけだが、数学の話としても哲学の話としても、もっとまともなレベルで展開しておくことも有益だ。

そして最後に福祉の棚へ立ち寄って、高齢者福祉とか障害の本を眺めて終わった。上下巻で翻訳されている『手話の歴史』(ハーラン・レイン)をいつ買うか決めかねている。

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