2017年04月25日に初出の投稿

Last modified: 2017-04-25

東大阪カレーパン事業

2ちゃんの東大阪スレで見つけたのだが、東大阪市は、ラグビーのボールに形が似ているという理由もあって、カレーパンをテーマに町興しをしているらしい。もともと東大阪は零細の工場(こうば)や中小の機械製作企業が多く集まっているため、一時期は東大阪の会社の製造スキルを駆使したロケット事業などが話題となって、それなりに(せいぜい関西で)知名度を上げていたはずだが、それだけでは市域の景気に対するインパクトが小さいということなんだろうか。

そういうわけで、東大阪市のサイトで紹介されている事業を眺めてみた。どうやら「東大阪カレーパン会」なる組織を立ち上げて、数年前までやっていて、現在は特に何も活動していないようだ。実際、東大阪カレーパン会の Twitter アカウントは2015年で運用が止まっているようだし、東大阪カレーパン会のサイトでは新規入会のお知らせよりも退会する店舗のお知らせが目を引く。既に事業としての取り組みがひと段落してしまい、強いインパクトが期待できないことを続けているだけであれば、廃墟を放置するのも逆効果なのだし、何か歴史的な意義があって記録としての価値があるわけでもないなら、サイトも閉じた方がいいと思うのだが。

僕の所属する企業などが制作している打ち上げ花火的なキャンペーンサイトにも言えることだが、しょせんは刹那的で場当たり的なイベントをでっち上げるために、自分たちのやっていることが何か意味のあることであるかのように自己催眠をかけざるをえないという事情は分かる。どのみち凡人がやることに重大な意味などないが、それでも僕らは逃げも隠れもできない凡庸な才能の有限な有機体として、自分たちのやっていることに「意味」があると想定しなければ、くだらない残業などやってはいられまい。

しかし、僕のような哲学者は、自分自身が(無能かどうかはともかく)有限な有機体の個体の一つであることを弁えていればこそ、厳然たる事実から逃げられないことを知っているし、逃げようとも思わないので、そうしたあれこれの取り組みが基本的に無能な人間のあがきであることを心得ざるをえず、またそれをわざわざ露悪的にこうして文章として指摘し、よくある言い方だが「HPがゼロのスライムにイオナズンを唱える」ようなことをし続けなくてはいけないと感じている。はっきり言って、東大阪とカレーパンなど何の説得力ある関連性もないので、人を直感的に感心させたり納得させられない構図をいつまでも維持するのは無駄である。

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