2018年09月07日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-07

走り抜けてく真っ赤なポルシェ・・・じゃなくて小型のバイクを見かけた。もちろん緑の中ではなく小雨の中を、それなりの安っぽい爆音を轟かせて行く様は、久しぶりに見た光景である。もちろん、たまに中央大通で列を為して走る暴走族の末裔みたいな連中も、いるにはいるのだが、もはや絶滅寸前といったところだ。

昔は、バイクや車で競争する設定の漫画が印象深かった。ジャンプの『サーキットの狼』は、再開されたときにはただのエロ漫画になってしまったが、僕らが小学生の頃に連載されていた当初は、消しゴムやプラモデルで車の華麗な挙動を想像して遊ぶネタとしての地位を築き上げていたものだ。バイクでは、もちろんチャンピオンの『750ライダー』が定番だった。これは、バイクのプラモデルや消しゴムは大して流行しなかったものの、やはり多くの小僧が暴走族に憧れるきっかけを作ったと多くの大人に非難されたものである。

そして、これらの作品を批評したり解説する人々についても、やれ法を犯すスリルだの、規制への反抗精神だの、自由への渇望だのと、支持するにせよ非難するにせよ、ハナクソでもほじっている方がマシという低レベルな文章が紙面を埋め尽くしていた。とりわけ、違法行為に若者の「批判精神」なるものを見て取るという批評には、いまでも呆れてしまう。もちろん、そういうことを感じ取ったり意見として持つ子供がいてもいいが、とにかく画一的に非行少年はこういう「思想」をもっているなどと針小棒大な解釈をしてみせる評論家の類には、子供の頃から辟易していたものだった。

だいたい、バイクで一般道を 120km で走ろうと、クーペで公道をドリフトして曲がろうと、われわれ大多数の人間は、それだけではなく日頃から数々の違法行為を犯している。たとえば車道の脇にある側道を右側通行(逆走)したり、携帯の画面を眺めながら自転車を走らせているのは、れっきとした道路交通法違反だ。凡人なんて、国籍や出身地や住んでいる場所や社会的身分や年齢や性別によらず、あるいは左翼だろうとネトウヨだろうと上場企業の社員だろうと大阪府庁の役人だろうと、自転車に乗っているなら道路交通法や軽犯罪法や条例に違反する行為を毎日のように犯していると言っても過言ではない。逆に言えば、大阪という土地はそういう実態にあっても、他の都道府県と比べて夥しい人が交通事故を惹き起こしたり事故に巻き込まれているわけではないのであり、それなりにサバイバル能力が身に付くのだろう。

いずれにせよ、バイクや車で派手に飛ばすことなんて、権力への反抗だの何のといった思想オタクが口走るようなタワゴトとは関係ない場合が圧倒的に多いと見做すのが大人のまともな態度である。人が違法行為をしなければ制度の弱点が分からないというのでは、大人の見識や学問の敗北であろう。あらかじめ、いけないことはいけないと言うことによって、初めて大人は子供にそういう抑圧を強いるだけの責任を伴うのだ。

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