2018年08月10日に初出の投稿

Last modified: 2018-08-10

産業構造の急激な転換により、社会における将来の予測の困難化が進んでいます。一方、高等教育においては、高等教育進学率が上昇する中で、産業界等からはより実践的な教育へのニーズや、学び直しへのニーズへの対応が求められ、変化の激しい社会に対応した人材、すなわち、より高度な「実践力」と新たなモノやサービスを創り出せる「創造力」を有する人材の育成強化が急務となっています。

「専門職大学等」は、大学制度の中に、実践的な職業教育に重点を置いた仕組みとして制度化するものであり、産業界との密接な連携により、専門職業人材の養成強化を図り、また、大学への進学を希望する方にとっても新たな選択肢が広がるものです。

専門職大学等の概要・特色

来年度から「専門職大学(および専門職短期大学)」が開学するらしい。実務や技能の習得なら専門学校が既に数多くあるし、実務系の高度な知識も習得するなら高専が既にあるのに、どうしてこんな制度が必要なのか。いくつか考えられるが、まず「大学」なので学位を授けられることからシグナリングの効果があると期待されているのだろう。

しかし、専門学校の学生に学位を与えるも同然の制度を高等教育に建て増しなどしても、長期的には大学や学位、そして学問そのものへの敬意や予算配分などが減ることにしか繋がらないのは分かっている筈である。かつて江戸時代に大流行した士格の売買で裕福な庄屋や商人が苗字帯刀の地位を得たが、もちろん中世以降の武士の本来の生業である武術など全くこなせないどころか、武士としての心得や考え方や所作や仕来りも弁えていない者が増えて、どのみち軍艦などなくても日本は幕末の頃には殆ど外国と戦争する能力などなかった。

これと同じく、学問を殆ど身につけていない場当たり的で目先の利益にしか関与しない小手先のテクニックや「フレームワーク」ていどしか習得していない学士様が、戦後ですら乱造されてきたというのに、今度は学問どころか専門学校ていどの教育課程を修めても出てくるという。もうここまで来ると、皮肉にも採用する企業の側で「学士」のシグナリングなどに期待する人事は無能であることがはっきりしてくるだろう。それゆえ、行くところまで行って崩壊させるという、文化田吾作の日本人が愛する滅びの美学とも言うべきプロセスが、いよいよ高等教育でも始まることとなるのだろう。

もとより、池田信夫君いわく公務員試験の合格者でも最低ランクの学生が集まるのが文部科学省らしいので、そんな連中が高等教育を設計・管理しようというのだから、底辺校の教員がZ会の取締役になるようなものだ。そして文科省だけに限らず、いっとき流行した『不安な個人、立ちすくむ国家』などという怪文書ならぬ「奇怪文書」と言ってもいいような紙屑でも、経済産業省の官僚がいかに受験秀才だけの無能集団に落ちぶれたかを示したように、既に官僚というのは旧帝大を出た優秀な学生が歩む典型的なキャリアパスではなくなったということなのだろう。しかし、それもそのはずであって、国民から何の付託も受けていない行政官である筈の国家公務員が実質的に立法機能を担ってきたのだから、有能でも無能でもインセンティブの設定は彼ら自身に委ねられており、われわれが選挙で誰を、どの政党を支持しても殆ど効力がないのだから、いったん劣化が始まると止めようがない。これまでの実績にしたって極めて属人的な事情や理由によるものだったという可能性が高く、そうした異質で変則的な人物が偶然に入省しなければ、基本的に権力は腐敗するのだから、既に大昔から腐敗は始まっており、それを止めるための動機が自分達に無い限りは誰にも腐敗や劣化は止められないのである。

それから、この専門職大学に話を戻すと、しばしば大学と産業界との連携が善きことであるかのように無批判に前提とされることがあるけれど、既に多くの方がご承知のとおり日本の産業界というものは国際的な評価としても数々の、いや大多数の分野で競争に負けており、成長性もなく、いわば日本の経営者は無能集団の烙印を押されつつある。いったい、アメリカや中国の大学を出て日本の企業に就職したいと考える学生がいるだろうか。そんなことを北京大学やハーヴァード大学で聞けば、ほぼ何かの冗談だと思われるのが確実である。国内では、何かと言えば「高度成長期」などという寝言を繰り返すバカな経済評論家や政治評論家もいるが、あんなものは官僚や経営者の能力で達成したことではなく、単に物がなくてみんなが買い揃えた時代だったからにすぎない。当時は、敗戦した日本どころか海外でも多くの家庭に冷蔵庫すらなかったのだ。つまり、学術研究の府である大学が無闇に産業界などという無能集団と連携したところで、無能が能無しなりに求める人材を供給するのが大学なのかという話になる。それこそ、そんな連中を企業へ送り出したところで、維新の会が任命した公立学校の校長と同じく、セクハラ、横領、暴言の山を築くだけかもしれない。

それから、開学予定の学校で扱う分野を見ていると、美容・建築・ICT・福祉・衣料など、いかにもこれから外国人労働者を受け入れるにあたっての「監督役」を育成しようという魂胆がみえみえだ。しかし、現状では日本に海外から数多くの労働者を呼び込めるのかどうかは、実はよく分からないと言っていい。既に批判の多い農業での研修生が殆ど人権侵害とも言うべきレベルの待遇でしか受け入れられないというのであれば、海外から就職する人など期待できるかどうか分からないだろう。

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