2018年03月03日に初出の投稿

Last modified: 2018-03-03

Some practices of Monsanto, such as its highly successful use of existing patent law to its advantage and its lobbying activities, can only be considered problems through special pleading, since they are generally viewed as acceptable when other companies with better public image use them.

Monsanto

確かに不当な批判を浴びている場合はあるだろうけど、アンチ疑似科学のサイトで取り上げるのはどうなんだろうなぁ。例えば農薬にしても遺伝子組み換えにしても添加物にしても、僕らの食生活の質を向上させたり保護している成果もあると同時に、統計的に言って何らかの悪影響を惹き起こしている可能性が否定しきれないと言われているのも確かであって、その低い見込みをどのていどリスクとして受け入れるのかという話にしなくてはいけない。そら、インフルエンザの予防注射にしても、現に死ぬ人がいれば親は警戒するだろう。当たりまえだ。それを「人類の発展のために受け入れるべきリスク」だというだけでコミットできるまでには、医学も産業も行政も十分に説明していないし、説得力ある筋道を立てた理論的な基礎を固めていないと思う。

子供にワクチンを注射させる親も拒否する親も、どちらの側の親も「子供のいのちが大切」だと思っている点では同じなのだということを無視して、「99.999%でQOLが向上する」ということと「0.001%でQOLを喪失する」ということを単純に数だけで比較させるようなレトリックだけで押し切れない場合に、どうすればいいだろうかということなんだな。そして、まず真っ先に言えるのは、こういうことを言語や映像表現の問題あるいはコミュニケーションの技法として殆ど専門的に検討もしてこなかった日本の報道・出版・マスコミの人々に、この件について一言でも意見を述べる資格があるのかどうかは疑わしいということなんだよね。たとえば日本のテレビ局や新聞社や出版社に、一つでも言語学やコミュニケーション論のシンクタンクをもってるところがあるだろうか。一つもないからといって専門的に考えている人が皆無だとは言わないが、それでもこういう取り組みが全く無いというのは、この業界全体の姿勢なり限界が現れていると思うんだよね。そして、こういう政治家や経営者の太鼓持ちなり記者クラブの御用聞きどもをコミュニケーション論の客員教授として迎える大学というのも、先は見えている。

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