2018年12月21日に初出の投稿

Last modified: 2018-12-21

今日は会社から早く上がって所用を済ませてから天牛堺書店へ立ち寄ったのだが、時間帯が早いと客層が何となく違う。何人かの客はいかにも仏頂面で、狭い店内を自分は脇へ寄ろうともせずに無理やり人を逆方向へ押しやって自分だけ目当ての場所へ直進しようとする。いかに高齢者だろうと凡俗の分際で何を無礼なと思うが、こちらも神仏と比べて有限な能力しかない凡俗には違いなく、したがって昨今は高齢者でも平気で犯罪を引き起こすのだし、バカには逆恨みされないよう下手に出ておくのがよい。

そもそも公道で高齢者と擦れ違う様子を見ていると、歩行者でも自転車でも言えることだが、高齢者というのは殆どが直進する以外の行動をとるのが難しいようだ。つまり、姿勢や歩き方を変えて重心を別の向きへ再調整し、咄嗟に左や右へ運動方向を変更するのに相当な体力を要するらしい。そして、そもそもその必要があると判断するためには、それなりに遠方から対向の歩行者や自転車が見えていなくてはならないが、多くの高齢者は遠方が見えていないし、腰が曲がっていて視線も下を向きやすいため、近くになってからでないと対向の人や自転車に気づかず、更には高齢者になると脳神経細胞のシグナル伝達効率が落ちており、即座に反応できなかったり反応の速度も落ちている。

こう考えると、要するに高齢者の多くは傲慢であるがゆえに道を譲らなかったり漫然と道を直進しているわけではなく、それが必要だと思ったときには既に遅い状況にあるのだ。もちろん、もっと健康で反射もすばやい老人はいるだろうが、おおむねそのような生体だと見做しておく方が、われわれと同じようにふるまうと期待して結果に立腹するよりは精神衛生としても安全であろう。ただし、このような仮定を強く保持したり、このような仮定から画一的でパターナリスティックな社会政策上の意見を短絡的に導くのは慎むべきかもしれない。いわく、老人は直進しかできないので、公道には「スマホ人間用」と「高齢者用」の専用レーンを作るべきだ、とか。

というか、あの何人かの客は本の扱いが手馴れたように見えて雑だったし、そもそも表情からして漫然と面白そうな本を探しているというよりも、何かを物色しているような気配だった。あれは、古本をよく買っている愛好者や読書家の手つきとは少し違うように感じるので、もしかすると同業者かもしれない。

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