2018年02月18日に初出の投稿

Last modified: 2018-02-18

ただいま東大科哲の橋本毅彦さんによる『〈標準〉の哲学』(講談社メチエ、後に講談社学術文庫から書名を変えて増補版が出ているもよう)を読み進めているのだけれど、科学史の方だからこういう記述が主体になるのは仕方ないとは思うのだが、50ページほど読み進めても一向に「標準」の概念とか、当時の技術を先導した人々の思想や哲学あるいは工学的な着想というレベルの話すら出てこないので、ジョセフ・ホイットワースを始めとする当時の技術者の事跡を別に Wikipedia やアメリカの各大学なり公的機関のサイトなりで調べながら読むことなって、非常に時間がかかる。恐らく conception, idea, thought, philosophy の話は歴史を概括したうえで後から語られるのだろうとは思うが、その前置きとしての歴史的な推移という説明だけだと、もちろん思想や哲学を語るよりも底が浅いと言いたいわけではないが、少なくとも書名とは違うものを読まされているように感じる。そして、正直なところ個々の歴史的な経緯についても、例えばデイヴィッド・ホーンシェルが書いた From the American System to Mass Production のような著作と比べたら、やはり記述としての厚みが足りないように思う。「講談社メチエ」という通俗書シリーズの趣旨から言えば仕方の無いことだが、類書が増えてゆくことを期待したい。

とは言え、『〈標準〉の哲学』を読みながら、CIA triad と RAND 研究所とアメリカの標準化・規格化というポリシーなり政策という、幾つかのテーマが結びつくのを理解したのは良かった。CIA triad の歴史や着想を掘り起こすというテーマを調べたり考えてゆく意義を実感したということでもあるが、同時に関連するテーマも非常に幅広く難しいということが分かる。

ちなみに、講談社学術文庫の増補版では訂正されているのかもしれないが、講談社メチエでは 55 ページに「一八二〇年代にスプリングフィールドの不良品による歩留まりがせいぜい一割であったのに対し」という表現がある。この「歩留まり」という言葉を「不良品率」だと誤解している人が意外と多いのは困ったことで、正しくは「期待値」という意味に近い言葉である。なのに「歩留まりを下げたい」などと言う人が後を絶たないのは、ビジネス用語なので、どうやらどこかの従業員数が多い企業で誤用が改められずに残っているのではないかとすら思える。

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