2018年05月12日に初出の投稿

Last modified: 2018-05-12

『大阪歴史博物館研究紀要』第10号(平成24年3月)

何度か訪れている大阪歴史博物館には、図書を閲覧できる「なにわ歴史塾」という施設が二階にあって、ここは入館チケットを購入しなくても無料で利用できる。なので、特に大阪の考古学や歴史について調べたいときは、大阪市中央図書館へ行かなくても、ここで資料を閲覧させてもらって済ませることもある。

その大阪歴史博物館では紀要を発行していて、上記の冊子には「西横堀における陶器祭と造り物-同業街の祭りと社会-」(伊藤廣之)という論説がある。残念ながら最近の巻とは違って PDF で公開されていないので、これは「なにわ歴史塾」へ行かなくてはいけないが、なかなか興味深い。西横堀は、昔は西横堀川があったのだが、埋め立てられてしまい、現在は上を阪神高速道路が通っている。いわゆる「船場」と呼ばれる地区の西の端に当たることと、もちろん昔は運河での物流などが盛んだったことを考えると、旧西横堀川に該当する地域に何らかの古い慣習とか催しが残っているのも理解できる。そして、大阪市中央図書館から自宅へ戻る途中に「陶器神社」という境内社(末社)をもつ坐摩神社(いかすりじんじゃ。「ざまじんじゃ」とも言う)もあって、江戸時代から「瀬戸物町」と呼ばれるほど陶磁器商が集まっていたらしい。

大阪には、既に崩壊しつつあるが日本橋の「でんでんタウン」、飲食業者の調度品の店が多い「道具屋筋」、それから当サイトでも紹介している船場センタービルと丼池筋あたりの繊維業・アパレル関連の問屋街や、道修町一帯の医薬品卸や製薬会社など、幾つかの同業街が知られている。焼肉店(「焼肉店」という名称は歴史的には特殊な意味合いがあるらしいが)の集まっている鶴橋とか、阪急古書の街も、歴史は浅いと思うが同業街と言えるかもしれない。こうした「あそこに行けばある」と思えるような地域があるのは便利なのだけれど、こういう同業街が少しずつ崩壊しているように思われ、そして実際に多くの人が「これはあそこに買いに行く」という知識をもたなくても平気になってきているように思えるのは、やはりオンラインで注文する人が増えたことで実店舗が集まる必要もなくなってきているということだろうか。詳しい情報はサイトに掲載すればいいだろうし、そもそも消費者は情報量の少ないオンラインショップは全く利用しないので、そうせざるをえなくなる。そして、オンラインだと同業他社と値段は簡単に比較されてしまうが、他方で値切られることもないので、対応する側に営業的な(「なにわのあきんど」的な交渉術という)センスを求めなくてもよくなり、属人的でコントロールが難しい特殊な人事マネジメントを放棄してもダメージがない。(ただし、対面販売の知識や経験を全く持たない社員や制作会社が EC サイトを作るのも、ユーザビリティなどの点で問題があるというのが、僕らプロのデザイナーの経験なのだが。)

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