2019年03月06日に初出の投稿

Last modified: 2019-03-06

"Csh Programming Considered Harmful" というドキュメントの話はもういい。要するに指摘されているポイントだけ拾い出して、典拠表記は最初に投稿されたものを書いておけばいいだけだからだ。それに、他にも csh のシェル・スクリプトに対する批評は追加されてきているので、クリスチャンセンの投稿テキストだけ見ていればいいというわけでもない。そして、これを理由にしてログイン・シェルとしての tcsh を bash に替える必要もないのだ。シェル・スクリプトのインタープリタとして bash を使いたいなら、もちろんスクリプトの shebang 行に #!/bin/bash と書けばいいだけであって、ログイン・シェルを bash にする必然性など全くない。それは、要するに Perl や CGI 版の PHP を動かすのに .cgi ファイルや .php ファイルの先頭へ tcsh から起動した vi で #!/usr/bin/perl などと書くのと変わらない。

こうした常識的な対応など全くなかったかのように、tcsh か bash かといったくだらない宗教戦争を好むオタクどもがコンピュータ・サイエンスやシステム開発の業界を席巻している限り、いつまでたっても知識やスキルの継承とか蓄積というものはなしえない。場当たり的に検索で見つけたテクニックを駆使するような暇人だけが後生大事にテクニックを抱えたまま、ITゼネコンでクソみたいなプログラムを書き続けるわけだ。

真の生産性とは、要するに若手に自分を易々と乗り越えていくだけの技術と経験をロートルが効率よく手渡すことである。このバトンタッチの効率こそが真の生産性なのである。もちろん、どこかの会社みたいに、社内に全くの(あくまでも技術や知識においてだが)無能しかいないようなら、こうして公にドキュメントを残していくことも一つの方法だ。

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