2018年02月27日に初出の投稿

Last modified: 2018-03-03

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書店で見かけたときはピーター・ティールの組織論かと思ったら、色の "teal" だったという『ティール組織』を読んでいる。ちなみに、この色は、僕が好む「チェレステグリーン(自転車メーカーの Bianchi でボディに使われる)」に似ていて好きなのだけれど、色に必要以上に意味を付けようとするのは、やはり占い同然で胡散臭い。

この本は読みやすくて興味深い話はたくさん出てくるが、そもそも最初からマズローだ、ケン・ウィルバーだと、トランスパーソナル心理学のような代物が堂々と語られていて、さすがは英治出版という気がする(笑)。でも、逆に興味深いので読み続けている。こういう本を読んで本気で組織を作ろうとすると、たぶん日本なら社員を集めてケッタイな社訓を大声で唱和する、九州の居酒屋チェーン店と似たようなものが続々と現れるのだろう。そして、そういうおめでたい連中に対抗するには、彼ら自身の理屈をちゃんと弁えておくことが大切である。

発生論(個体の成長の理論)と集団や社会の発展史とを混同して論じるというのは、ホィッグ史観と文明社会の生活という二重の自己肯定感や優越感を、たまたまそういう本が読めるときに生きていたというだけの凡人たちに与える、観念的な飴玉である。こういうものを読むと、やっぱり(マッキンゼーに限らず)自分が総覧的にものごとを俯瞰していると思い上がっているコンサル出身者の多くが、ホストクラブのガキと同じように他人のコンプレックスを上手に食い物にしている人々なのもよく分かる。そういう人々が大好物としているのが、古臭くて遅れてる人々よりも自分たちの方が優れていると思い込める、「進化論」である。ただし、少しでも専門的な本を読めばすぐに分かるとおり、進化論は通俗的な印象だけなら分かり易いが、実は正確な理解や議論が難しい分野なのだ。『ティール組織』の最後で素性がよく分からない人々が書いている素人解説では、本書が進化論と発達心理学にもとづいているなどと言っているが、この著者である Frederic Laloux という人は経営学部で組織論の修士号は持っているが、心理学や生物学については学士号すらもっていない独学者だ。そして、進化論を間違って議論する人の大半は、マズロー的に自尊心を補強するための正当化として進化という概念を都合よく理解する傾向にある。いや、マズローはまだ心理学の訓練を受けた一応の学者だが、例えば『ティール組織』が下敷きにしているケン・ウィルバーという人物は、専門の心理学や哲学の教育を殆ど受けたことがないまま哲学や思想や心理学の「専門家」を自称しており、簡単に言えばテレビに出てくる道徳説教家のようなものだ。アメリカでは、こういうパフォーマーをピアレビューで評価を支えている大学の教員に見立てて、視聴者や読書家という同じアマチュアのピアレビューという洗練を受ける authority(professional ではないが)だと見做す伝統があるので、単にアカデミズムを相対化するならともかく、そういう方針が反知性主義にも利用されやすい。よって、アメリカではいわゆるダニング=クリューガー効果と思われる、専門でも何でもない人物が学術的な議論の体裁で概念を勝手に扱うような酷い著作が堂々と発売されて、人気を博してしまうことが頻繁に起きる。言ってみれば、個人的には分析哲学や科学哲学も似たようなものだが、アメリカというのはその手のアマチュアリズムによる試行錯誤で結果を弾き出すという、実はロシアや中国よりも過酷な実験国家なのである。

なんしか、ジョセフ・スティグリッツの "learning society"(ちなみに、この言葉はスティグリッツの考え出した言い方ではなく、もっと昔からある)やピーター・センゲの『学習する組織』にも言えるけど、自発的に学ぶ動機付けとかインセンティブなんてものを前提にする企業論や組織論というものは、しょせん恵まれた先進国でのうのうと何億も借金して起業できる連中の安楽椅子の議論だと思う。そういう有利な立場にいるからこそ、そういう状況に応じた役割や責任があるというわけで Bono の会社みたいなことをするのは分かる。でも、それが組織としての「進化」なのかどうかはぜんぜん自明じゃない。単に自分たちがパソコン使ってるからナウい会社だとか言ってる零細の爺さんとは違うのだと、そういう「先進的な企業」の経営者が言い切れるかどうかは、実は分からないことなんだよな。

なお、関連する事実を挙げておくと、この本の原著は Amazon.com の「組織変革」というカテゴリーでは17位の評価になっている。2014年の発売から一定の評価は受けている本だ。しかし、Google Trends で調べてみると、"teal organizations" というキーワードでビジネスのカテゴリーを2004年から現在まで調べた「人気度」は、2017年の末がピークとなっていて、それ以外はさほど指標としては高くない。これは日本語の訳本が出るということで(発売は2018年1月)、原著で使われているキーワードを先に調べてブログ記事をいち早く書こうという人々が一斉に検索したからだろう。2014年から2017年までの経緯を見ると、大して検索されているようには見えないし、比較対象として古くからあるコンセプト、たとえば "learning society" のスコアと比べたら、その差は歴然としている。

ただし、最後に繰り返しておくが、僕はこの手の本を読む価値はあると思う。多くの人にとりあえず読まれるということは、口先の営業トークであろうと、このような本に書かれているフレーズを繰り返しているうちに、凡人というものはたいてい自己催眠にかかるからだ。そして、凡庸な経営者の多くはそういうあれこれの本を読んだりセミナーや交流会で得たフレーズをかき混ぜて(だいたいにおいて、体系的に整理するような才能はない)、良さげに思えるフレーズを自分なりに吐き出しては「新しい経営」とか「私の経営論」として突き進む。それはそれで、実験としては興味深い。恐らく、これから『ティール組織』を読んだと思われる人々が、またぞろ「従業員も経営者になったつもりで考えよ」だの、全体最適化が大切だのと言い始めるに決まっているが、読書を下敷きにしている人々へ対抗するには、やはり既に書かれているものをヒントにしているので、それなりに理屈は通るのだから、こちらも心得ておかないと即座に論評したり妥当性を吟味するのは難しいのである。そして、もちろん書かれてあることの中には、そういう駆け引きや冷笑的な意味合いを除いても学ぶべき点はあろう。いくらアマチュア心理学者の著作を元に書かれていようと、彼らが見聞きしている事柄の多くは、もちろん事実なのだろうし、そこから彼らが何かを考えたということも、事実だろうから。そういうことまで、斜に構えてシニカルな態度をとって無視していたのでは、お互い凡人どうしの共同体において相手を正確に理解することは難しい。

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