2018年08月27日に初出の投稿

Last modified: 2018-08-28

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出勤と退勤で堂島川の北岸に沿って歩くことが多くなった。人が少ないので歩き易いし、道そのものがゆったりと南東へ曲がっているため、自宅と会社のあいだの所要時間も短いことが分かったからだ。船場センタービルも、地下一階や二階を歩くと涼しくて歩き易いのだが、実質は御堂筋から堺筋までの 1km ていどしかないため、残りの経路での歩きにくさを補えない。そのため、帰路で天牛堺やダイソーへ立ち寄る用事でもない限りは、あまり通らなくなってしまった。そういえば、船場センタービルの歴史について調べるのが中断しているのも、それ以外に後期高齢者医療のサイトを作るという、どう考えても社会的な意義がある方のコンテンツの調査を優先しているためでもあるが、そもそも船場センタービル自体に興味があっただけではなく、大阪市内の復興とか都市計画にも少しばかり興味があったので、調査する範囲が広すぎるために調査をひとまず中断しているからでもある。

ということで、堂島川に沿って歩くと「新ダイビル」という建て替えたばかりの新しいビルの前を通る。ここ最近になって、そういえばと気づくようになったこととして、ビルの周囲を囲んでいる庭園風の敷地(「堂島の杜」と呼ぶらしい)に羊のオブジェが据え付けられている。ウィキペディアによれば藤本美弘という方の作品という。もともと建て替える前のビルにも低層の隅に羊のオブジェが置かれていたらしく、設計した村野藤吾という方が理由を聞かれて「愛される動物の象徴である羊を入れた」と語っていたとの返事を、ダイビルの関係者から聞いた方がいるようだ。(http://koicha.jugem.jp/?eid=201#comments)そして、その村野藤吾が語った理由について「装飾狩りモダニズムが台頭する中、村野は装飾が建物への愛着を生むことを知っていました。サプライズや謎をそのままにしておくのも茶目っ気ですが、それが人を惹き付けることも十分承知していたでしょう」との解釈も付け加えられている。そして、ダイビルの歴史を記した記録からも「直線的で堅い立面を和らげることを目的として、4階4隅の羊と屋上ルーバー端部の造形を入れた」という記述を紹介されている。

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