2017年04月28日に初出の投稿

Last modified: 2017-04-28

Twitter の設定画面で、自分自身のツイートをバックアップする機能がある。Facebook にもあるし、Google+ にもあって、Google+ については当サイトのプロフィールから控え目にリンクしてあるアーカイブを作成するのに使っているから、もう何年も利用している。Twitter のアーカイブ機能は最近になって見つけたため、Twilog では最新の 3,000 件ていどしかツイートをバックアップできないことから(これは Twitter API の仕様であって、Twilog が意図して制限をかけていたり開発に問題があるというわけではない)、そろそろ 4,000 件に近いツイートを残している @identifiable_me という情報セキュリティ系のアカウント(というか、既に哲学のツイートもこちらがメインだ。@philsci は、PHILSCI.INFO をもう少しまともな量と質にしてから、改めてオープンにして使おうと思う)について、バックアップの機能を使ってみようとしている・・・のだが、使えた試しがない。

https://twitter.com/settings/account#tweet_export

誰が使っていようと、この URI がデータのエクスポートとして機能するはずだ。しかし、これに該当するボタンを Twitter の設定画面でクリックしても何の反応もない。

実は、この手のサイトが周りにどんどん増えてきている。それらに共通するのは、もちろん JavaScript への過剰な依存だ。10年近く前に技術系出版社の経営者が自社の主催するカンファレンスで「Web 2.0」というフレーズを連呼し始めてから、JavaScript + CSS + ライトウェイトなインタープリタ型のプログラミング言語という組み合わせでウェブアプリケーションを開発し、フロントエンドは JavaScript による非同期の XML データ通信によって画面遷移なくリクエストとレスポンスをページに反映させるのが「ナウい」とされた。もちろん、こうしたマーケティング上の戯言は、これまでもそうであってように、提唱者がどういう思想まがいの議論をご丁寧に自著などで展開していようと、現実は現実の要求と特性に従って展開するものだ。そうして、いつのまにか圧倒的多数のフロントエンド技術者は JavaScript による動的なユーザインターフェイスを設計したり実装するのが当たり前だと考えるようになり、専門学校や程度の低い大学ではそれが「最新技術」だと教え、数学を学ぶ代わりに ECMAScript の規格書を読むどころか、JavaScipt による小手先のテクニックとブラウザごとのバッドノウハウが山のように若者たちに叩き込まれ、彼らもこぞってそれらを習得し、暇な一部の人々は都内でライトニングトークと称する低レベルな茶話会を開催したり(たとえば Papers We Love のような海外の勉強会と比べてみよ)、地方では田舎者を焚き付けて些末なテクニックの普及に勤しんでいる。そうして、やがては動向についていけなくなると、地方公共団体や中小企業を相手に「ITコンサルタント」と称して学術的にも技術的にもレベルが低い体験談を語って回るというわけだ。これでは、人類の発展とまでは言わなくても、国内の知識や技術の発展に殆ど寄与しないし、こんなことを繰り返していても IT ベンチャーというものは場当たり的な打ち上げ花火を繰り返すだけであり、産業の一部門としての継続性がない。そして、実は同じことは最近のオンライン・サービスの実装能力の低さを見るに、アメリカでも進行しているように見受けられる。

こういう、ボタンやアンカーをクリックしても何の反応もないという UI が非常に多くなってきたのは、彼らの開発環境では問題が無くても、実装環境では Ajax のように通信のパフォーマンスを当てにした仕様では動かないことがあるからだ。そのていどを設計者や開発者が理解していないのは、まずもって Twitter 社にコーディングはともかくとしてネットワークの専門家が意思決定のプロセスに権限としても不足しているからではないか。このような機能は、そもそも URI へのリクエストとして HTTP ヘッダを受けていたら、ちゃんと何なのか分かるのだ。タイムアウトだろうと処理の問題だろうと、何が起きたのかユーザにもちゃんとわかる。それを隠すために何の反応もない UI をわざと実装しているのであれば、これは「ユーザビリティ」の根本的な考え方に反する重大な事態だ。

とはいえ、ネトウヨや左翼団体を見ていても、「若者のやることが新しいとは限らない」という変哲のない経験則の一例にすぎない。なぜなら、若者だろうと年寄りだろうと無能や凡人に年齢や時代など関係ないからだ。いまどきの若者が大挙して昔の愚かな実装を繰り返すことがあっても不思議ではないし、「若者は歴史を軽視するものだ」という皮肉な歴史がある。

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