2018年10月27日に初出の投稿

Last modified: 2018-10-27

【兵庫】脱線事故遺族らが署名提出 「組織罰」求めて

上記の番組に出ていた尾木ママという人物は、LGBTQ ではないようだが、おねぇ言葉(性同一性障害なら単に「女性の言い回し」でいいはずだ。この人物が裏でどう振舞っているのかは知らないし興味もないが、一種のパフォーマンスなのだろう)を使う人物であることをカミングアウトしてからメディアがご意見番みたいな扱いになって、何とかデラックスとかいう暴言吐きを始め、昔ならピーコやカルーセル麻紀といった特殊芸人と同じく何の話題でも意見を言わせるようになり、全くもって軽口の製造機になってしまった感がある。テレビ番組というものは、新宿歌舞伎町のゲイバーとは違うのだが、いまだにそういう感覚でバラエティ番組を作っている、実のところエンターテインメント番組制作の素人が日本のマスコミに多いということなのだろう。

昨日の夕方に放送されていた、この朝日放送の『キャスト』という番組では、JR福知山線の脱線事故について、尾木ママはスタジオで司会者と一緒に、こんな事故が起きたのだから、法人だろうと個人だろうと誰かを責任者として血祭りに上げるべきだとばかりに、Twitter の吹き上がり馬鹿どもと同じような調子で騒いでいた。まったくもって醜悪としか言いようがない。なるほど、これならネトウヨ構成作家を抱えていても気にしないテレビ局なのだろう。

そして、この番組に出ていた尾木ママは、この事故で既に乗客とともに死亡している運転士をロクでもないと罵り、こんな運転士を乗車させた JR は法人として罪に問われるべきであり、アメリカなら当然だと息巻いていた。しかし何かおかしい。確か、この運転士も JR の厳しい「日勤教育」とやらの犠牲者として扱われていたのではなかったのか。このような事案が2005年にあった後から、「パワハラ」「ブラック企業」という言葉が広まっていった筈である。組織罰を求めて JR の責任を問うとすれば、ATC すら配備していなかった安全管理体制とか、過酷なダイヤを組んで運転士に強いストレスを与え続けた教育や研修あるいは人事考課制度などに問うべきであり、そういう組織罰を問われるべき管理体制によって死んだとも言える人間を適当に表面的な正義感をふりかざして罵ったところで、残された運転士の遺族に無用な社会的制裁とやらが加わるだけだ。尾木ママていどの人物に感化される知的に未熟な人が日本にどれくらいいるのかは知らないが、それこそていどの低い大学教員がお好きな「アメリカでは」、正義感にかられた、それこそロクでもない連中が、大きな事故を起こした人物の遺族に腹いせで暴力を加えた事例がある。

要するに、口先だけで安っぽい正義感をテレビでばらまいているような連中は、無責任にもそういうバカどもの腹いせを正当化しているのであり、そういう無責任なマスコミや大学教員こそが過去の愚かな戦争を引き起こし、いまでもアメリカや中国や日本の国内で色々な種類の紛争をけしかけているのだ。いじめや LGBTQ に「被害者の立場で関わっている」というだけで、なんでもかんでも自分の言動が正義や善良の名において正当化されるなどと思い上がった人間こそ危険人物だと見做すべきであろう。

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