2019年04月07日に初出の投稿

Last modified: 2019-04-07

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イトゥビル

中央大通と御堂筋が交差する北東に古いビルが建っていて、前を通ると "Hard Rock Cafe" と大きくロゴが飾られている。もちろんロンドンにオープンした Hard Rock Cafe の Osaka 店である。有名なカフェのロゴを単なる外装として使ってる、店主がロックのファンだというだけのデタラメな音楽喫茶ではない(笑)。僕はもちろん酒が飲めないから入ったことはないけれど、同じビルの地下にある「白銀亭」というカレー屋で食事したことはある。

或るブログの記事で見かけたのだが、そのビルは「イトゥビル」と言う。もちろん大阪市内に土地勘や知識がある方は想像できると思うが、伊藤忠商事の所有する物件だ。二代目の伊藤忠兵衛が1937年に建て始めたのだが途中で戦時体制により中断してしまい、その後で建ってからも空襲で焼失するなどの経緯があって、現在のビルは1966年に竣工している。物件としての歴史は長いが、建築物としては50年くらいの歴史しかないため、いわゆる船場地区の歴史遺産として残っている建築物を紹介する冊子やイベントでも、殆ど取り上げられていないビルである。それは、昨日イトゥビルについて大阪市立中央図書館の「大阪コーナー」で、大阪の建築物について書かれた本やパンフレットを一通り眺めて得た印象からもはっきり分かる。ぜんぜん書かれていない。

したがって、逆に関心をもった人がいても分からないことが多いのである。たとえば、なんで「イトゥビル」なのか。図書館で、現在のビルが建って数年後に発刊された『伊藤忠商事100年』(1969年10月)という大著も眺めたが、伊藤忠商事の所有する不動産物件として小さく言及されているだけの存在でしかなかった。なお、この社史はページを開けば誰でも気づくように、表記には事務能率の向上を目的として社内で使われていたという当用漢字、新(現代)仮名遣い、カタカナ表記を採用していて、目次も「輸入ノ 古紡機カラ ウマレタ 富山紡績」などと印刷されている。現在の表記と比較すれば異様な、それこそ戦前生まれの老人が書いた拙い日本語に見えるが、いまで言えば英語の plain English 運動にも相当するので、誤解の少ない表記方法として採用されたのだろう。いまでも「拝承」とか「(カワ)B」などと奇怪な表記で書いているらしい某日立系列とは完全に逆の方針だが、どちらも「ヘンな日本語表記」という点では同じだ。実際、伊藤忠さんの表記方法が plain English に相当する効用があるかどうかは、もちろん当用漢字を使ってどう書くかが問題なのだから、その効用に保証はない。

そういうわけで、図書館で調べても「イトゥビル」という表記の由来は分からなかった。そもそも、この表記が1937年から使われていたのか、それとも1966年の竣工時から使われているのかという事実関係すらはっきりしない(前者なら近衛内閣が発足して日中戦争が始まり、「ぜいたくは敵だ!」などと言い始めた頃だし、後者なら佐藤内閣で大阪万博が決まった頃である)。もう少し丁寧に調べる必要がある。

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