2018年10月19日に初出の投稿

Last modified: 2018-10-19

自サイトで初等的な記事を書いてる自覚はある。秘密分散や OpenID や Kali Linux などだ。なので、少し勉強したていどの小僧がヘラヘラと「こんなもん」と言うのは予想の範囲だけど、初等レベルのページすら公開してないやつが何言ってんのって思う。他人が自分のレベルに追いつくのが怖いんだろうね。他人が追い付いて、自分より凄いことしたら結構なことじゃないか。自分が10年かかったことを、誰かが1年でやれたら、これこそ生産性の最たる成果だろう。そして、そういう人が先に進んで得たことを教えてほしいじゃん。なので、僕は文化とか学術に関してだけはトリクル・ダウンを支持している。もちろん勝手に人間のクローンを作っていいわけがなく、一定の条件はあるにしても、年齢や性別や学歴や職業や国籍など関係なく、あるいは父親が殺人犯だろうと、所定の条件において才能が認められた有能な人間の邪魔をしてはいけない。

そういうモデルが、日本の若者は周りに少ないまま育つんだろう。クラブ活動の上下関係なんてクソみたいなものを「文化」と言い張ってる国だし。海外だと、それは教会とかコミュニティ活動が実質的に担っている。つまり、日本は社会主義国家のくせに、そういうところだけアメリカよりも自由なんだよ。アメリカは、なんだかんだ言っても一定の生活スタイルや考え方をきちんと子供に教えて聞かせるべきだと考えている親は多い。自由なんて、その先にあるものだというのが平均的な親の思考だろう。それを勘違いして、ただのエゴを個人主義や民主主義だと誤解した連中が、日本のイデオロギーそのものを劣化させてきたのであって、いまの左翼や右翼は犠牲者と言ってもいい。そして、そういう国家レベルの精神分裂が、いまのくだらない法制や「文化」をつくってしまっているとも言える。

有能な哲学の若手研究者(やプログラマやデザイナーやウェブ企業の会社員)は、どんどん成果を出してもらいたい。それはよいことであって、成果を出していれば、僕らを含めて先行する人間を評価において叩き伏せてもいい。もちろん、人間関係だけでものを書いているにすぎない、お勉強君とか、スピノザの本を出した後は殆どまともな業績がない市民運動家なんて、われわれのように哲学でも開発でもビジネスでも一定のところまで進んだ有能な人間を罵倒する資格などない。何の伝手もない、Oxford U.P. とか Cambridge U.P. とかから出版出来たら、おまえたちみたいなマスコミ受けだけの小僧たちも哲学プロパーとして認めてやろう。

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