2019年10月24日に初出の投稿

Last modified: 2019-10-24

まず、鈴木さんのコメント「ヒールを履きたい人もいる」という発言ですが、この前にある私のインタビューでまさに、「ヒールを否定するものじゃない。私たちにも男性の履いているような革靴を履く選択肢が欲しい」と言っていたのです。この発言があっての「ヒールを履きたい人もいる」って、会話が成り立っていない過ぎませんか。

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MD でも前に書いたことがある話で、ハイヒールを履いて駅の階段を降りるのは非常に怖いだろうなと思う。なので、これを通勤を含めて制服のように要求するのは時代遅れも甚だしいし、そもそも履物としてハイヒールは危険だと言いたい。前にも書いたと思うが、階段を降りる際に前傾姿勢をとると、少しつまずいただけでも前に転倒する可能性がある。電車で通学や通勤している人なら、階段を降りるときに自分がどうしているかを冷静に思い出してもらいたいが、足のサイズがよほど小さくない限り、足の先が階段からはみ出しているはずである。つまり、階段を降りるときは誰でもバランスが崩れると転倒するリスクがあり、ハイヒールのように最初から上体を前傾にさせやすい靴を履くと、なおさら危ない。実際、弊社の社長(女性)も年に一回くらいの頻度で転倒しているらしいし、そう珍しいことでもない。なので、少なくとも社内ではハイヒールを履くように要望されている秘書などの役に就く場合、通勤だけスニーカーという人もいるようだ。

上記の引用で書かれている点については、まぁアマチュアというか、幻冬舎なんて業界ゴロでしかものが書けない時点で、学術とは関係のない人物であろうとは察しがつくので(もちろん、哲学者がいちいちこんな連中の著作を読む時間など浪費でしかなく、その一点だけで切り捨ててもいいのである。慶応を出たていどの自称社会学者にとっては難しい社会科学の議論かもしれないが、文化的な淘汰とはそういうものであり、しょせん自分たちが依存している上辺だけの印象操作というマーケティングの結果として、同じく印象だけの断定という鉈が自分たちの身にも振り下ろされるものなのだ)、まぁ関わり合いになるだけ無駄だと思う。それこそ、同じ女性だからといって気軽に取材なんかさせたら、飯のタネに利用させるだけだ。

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