2019年08月28日に初出の投稿

Last modified: 2019-08-28

添付画像

https://twitter.com/umacopy/status/1166346405667098625

僕が Twitter で検索とかして眺めている限りでは、日本でどういう議論をするにしても、この手の「論法語り」が非常に多いんだよね。メタ議論と言ってもいいし、或る意味ではこれもマウンティングの一つなんだろうけど、言語学者でもなければ認知心理学の学位があるわけでもない連中が、実際には建設的な成果が何も出てこないお喋りを延々と繰り返して、自分では何も実行しない。実際、例の「東大話法」で知られた女性(女装してるだけかもしれないし LGBT なのかどうかも不明だが、哲学者であるわれわれの知ったことではない)にしても、彼女自身が詭弁を繰り返していると指摘する人々もいて、こんなことは前提をどうとるかによって詭弁と判断されたりされなかったりする場合もあるのだ。

信夫君がたまに指摘することだが、日本のジャーナリストや評論家や学者や作家、つまりは「論壇」などと称しては事実上の偽装階級みたいなものを勝手にこしらえて自分たちの活動場所だと言っている欺瞞的な連中は、とにかく昔からこの手の論法語りが大好きなようだ。そして、こういう論法の話と個人の品性や性格とを結びつけて、誰も検証したり証明できないような理屈で物事の是非を判断するという、いわゆる印象批評とか情緒的な議論が日本でものを書く二流どもの十八番であった。そして、そういう連中が書く夥しい分量の出版物や記事などに影響されて、大多数の凡人は論法語りに実質的な意義があるどころか、それこそが問題の本質だと考えてしまうようになる。

そろそろ、少なくとも学術研究者はこのように生産性のない暇つぶしに時間を費やすのはやめるべきである。安冨さんは数理経済学などで一定の業績を残している人物だが、しょせん算数が得意だというだけでは、自分自身の思考を適正に制御するには足りないのだろうか。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Twitter Facebook