2019年02月07日に初出の投稿

Last modified: 2019-02-07

何年前からか機会を見つけて読み直している本があって、鴻上尚史さんの『発声と身体のレッスン』(ちくま文庫)という。もちろん発声練習の本である。来週の土曜日は半年に一度の全社会議があって部署ごとの発表があるため、改めて良い発声を心がけるために読み返しているのだ。

僕は高校時代に居酒屋の『酔虎伝』でホール係をやっていたのだが、出勤して制服に着替えてからホールへ出るときに社員とアルバイトが一緒に「本店六か条」(もう無い店舗だが、当時は道頓堀本店に勤めていた)というのを大きな声で唱和していたものだった。たとえば「呼ばれたらハイと返事」「タイムカードは制服着用後」「定刻5分前に持ち場に着く」「各階協力して一緒に終わる」など、実際に勤務したのは高校3年の二学期から三学期にかけての半年間だけだったと思うが、なかなか活気があって楽しかったのを覚えている。その頃から外国人の観光客は多かったのだが、大学生の先輩が誰も相手できずに、いつも僕が英語で注文を取りに行く役目だったり、土曜日は午前3時頃に店を閉めてから、社員さんとバイトで近くのビリヤード場へ繰り出して始発電車が来るまで遊んでいたり(実は僕は自転車通勤だったので帰れたのだが)、これは愚かなことでしかないがタバコを覚えたのもバイト先だった(母親には叱られるどころか「そんな変な銘柄はやめなさい」と言われた。まさしく厨二病だが気取って Rothmans なんか吸ってたからだ)。

そういう逸話はともかく、バイト先で毎日のように社員心得のようなものを唱和していたのを古参の社員さんが「声の出し方が良い」と言ってくれたのだが、ふだんは僕は他人からは何を言っているのか聞き取りにくい喋り方をしているらしい。こういう決まりきったフレーズを読むときは何を臆することなく大きな声で発音できるのだが、自分が言いたいことを言う場合は、どうしても辛辣なことや断定的なことを言う傾向にあって、高校時代も同級生から「主義者」と言われたものだった。なので、どんどん声の出し方まで躊躇したりトーンが落ちていくようになったらしい。

しかし、内容はもちろん愚かなことや無根拠に断定的なことを言うものではないが、声の出し方とは関係がないのだから、声ははっきりと相手に聞こえた方がいいに決まっている。そして、会議のような場では殊更に相手へ与える印象が悪くなる。そういうわけで、発声の仕方を調整しているのである。そうは言え、実際にやっていることと言えば、普段よりも息継ぎを大きくして腹から声を出すようにしているということくらいだ。大きな声で喋れないわけでもないし、それにもとから会社で小声で怯えるように喋っているわけでもないからだ。

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