2017年12月23日に初出の投稿

Last modified: 2017-12-23

どういう経緯かは知らないが、考古学のクラスタでは南京事件(南京大虐殺)について何か話題になっているらしい。過去に MD でも書いたと思うし、確か2ちゃんの LiteStep の古いスレッドで「philsci さんがあんな日自身がやったことを不問としていいのかというのが僕の理屈だ。みんなやってきたから不問でよいというのは、凡人には都合のよい責任逃れのための「普遍性」や「歴史の必然性」かもしれないが、われわれのような哲学者にそのようなまやかしは通用しない。もしそういう意味での「普遍性」なるものがヒトの本質なのであれば、どうしてヒトなどという本質的に野蛮な生き物が生物の種として存続しなくてはいけないのか。恐らく、或る種のカルト宗教が大量虐殺や大量の自殺に踏み切る思考というのは、こういう素人の誤った「普遍性」の取り扱い方にあると思う。

ちなみに、百田直樹さんや國學院大學の神道系の教員や自民党の陣笠議員あるいは右翼系の物書きを指して、ああいう連中を戦地に送り込んだら喜んで人殺ししそうだと言う人もいるが、それは僕はナンセンスだと思う。あの手の口先だけの連中は、現代の戦術級の作戦行動に耐えられる知能や運動能力はない。僕ら中学時代からウォーゲームをやってきて戦史やサバイバルの知識が少しはある人間に言わせれば、こういう連中が戦地で貢献できるとすれば、せいぜい数万人を一斉に突撃させて相手の弾薬を浪費させたり、相手方の同じような人員を疲弊させるといった、いまでは「原始的」とも言える消耗戦に使えるくらいだろう。

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