2017年09月09日に初出の投稿

Last modified: 2017-09-09

いま、哲学のサイトで公開する文章を書いている。もちろん、公開するために書いたり考えているわけではないが、フッサールのように書くことで考えるというスタイルを敢えてとっている。そのときに感じることを包み隠さずに書くことが目的だからだ。なにせ、テーマは「死ぬのが怖いとはどういうことか」というものである。

その一つの理由は、ヒトが意識をもつからだ。そして、発生論としてヒトが意識をもつに至った事情はあれこれ言えるにしても、とりあえず FPV が錯覚ではないという前提から初めて「じゃあどうするんだ」というアプローチが日自身で考えて納得していないからだ。しょせん、哲学の問いは全てそうだと思うが、読書で納得することはできないだろう。

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