2018年09月24日に初出の投稿

Last modified: 2018-09-24

というより、そもそも論でいいますと、最初から『専門医にかかりたい』と心から思っている人は実はそんなにいなくて、本当のところは、『医学的にしっかりと診てほしい』とか『私の話をしっかりと聞いてほしい』と思っている人が多いのではないかと個人的には思っています。

小林よしのり氏の「かかりつけ医(プライマリ・ケア)批判」に対する大いなる違和感。

これに対して、小林なんとかは次のように言っているそうな。

「欧州型の『かかりつけ医』を作って、患者が簡単に専門医にかかれないシステムを導入しようとしてるんじゃないか?」(「かかりつけ医という言葉」http://blogos.com/article/325620/)

本業の漫画ですら、3行のネームを入れるのに血反吐を吐くような人間でもなくなったのだろう。しょせんは紙屑のような本を投売りするしか仕事がなくなった「自称思想家」風情の者に、天下国家の何が分かろうというものか。「かかりつけ医」が実質としてそのような仕組みで無いことくらい、まともな医療政策や社会保障論の研究者に Twitter で聞けば分かるというものだ。とにかく、大病院や大学病院は軽微な状況の人たちまで押し寄せていて、それこそ3分どころか1分で診察室から追い出されかねない状態にある。さらには各科や各担当医にノルマが課せられて、半年ごとに医師が大量に退職して入れ替わり、医者と患者のつながりは単なるパソコンのデータだけとなりつつある。大病院に大勢の人々がやってきていても、それこそ3日間ほど人間ドックで検査できる人間と彼らとでは扱いが全く違うという現実が既に全国に蔓延しているのである。

しかし他方で、自宅の近くで診てもらう医者では不安だという話は、確かにある。僕の両親はどちらも万全な状態ではないのだが、その要因の一つは健康診断を何年も受けていなかったという重大な点にあったが、それ以外にも頻繁に通っている自宅近くの開業医が適切な処方に失敗したり、病気の初期症状を見つけていないという点が大きい。そして、小林氏について論評しているブログ記事の著者は「専門医」と言うが、身体のどこが悪いのか自分自身で判断できない高齢者が、どうやって内科医がいいか皮膚科がいいのか判断するのか。判断できないからこそ、その場で色々な検査が可能な大病院や大学病院へ行こうとするのだろう。そして、昨今では大病院でも他の科に回すとか他の科の医師と相談したり連携するということがなくなり、自分の科で問題なければ他の科に行くのは患者の判断に任せるなどという情け無い初診をやっているらしい。これでは、われわれ患者自身が、総合医として医師免許か医学博士号をもらった方がマシであろう。

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