2019年04月01日に初出の投稿

Last modified: 2019-04-01

僕が公開を始めたシェルのサイトでは、csh, tcsh という古いシェルを扱っている。とりわけ csh は多くの人たちが「使うな」と言っていて、「なぜ使うべきではないか」というページまで作っている人もいるくらいだ。したがって、昨今では(僕のシェルのサイトでも書いているように)ロートル技術者や、「ハッカー」志望の小僧が口先だけで気軽に、csh は使うなだのクソだのと書いている始末だ。しかし、それがなぜなのかを正確に説明できる人など 100 人に一人もいないだろうし、csh がどういう意味で "harmful" だと言われているかを正確に説明できる人も少ないと思う。

もちろん、僕に不足なく正確に説明できるという保証はないものの、僕が正確に理解している事実が少なくとも一つある。それは、csh や tcsh は、いまだに FreeBSD のポートから削除されていないどころか、最新の 12.0 release においてもディフォールトのログイン・シェルとして使われているという事実だ。この事実は、海外のユーザのように、csh を批評するにしても丁寧にメールを書いたりウェブページを書くこともなく、他人の書いたものをコピペするか、せいぜい翻訳して済ませるしか能がない、東アジアの辺境地域に住む UNIX の自称パワーユーザの人々であろうと、逃れられない一点である。

では、FreeBSD のユーザ・インターフェイスをメンテナンスしている技術者たちは、多くの技術者が忌避しているプログラムを何十年にもわたって、よりにもよってログイン・シェルとして採用し続けるほど無能揃いなのだろうか。そうではない。csh / tcsh を非難している人々は、csh / tcsh で動作するように書かれたシェル・スクリプトの記述や、csh / tcsh のシェル・スクリプトを実行する動作原理について多くの指摘をしているのであって、ログイン・シェル、つまりコマンド(ライン)・インタープリタとしての csh / tcsh について非難しているわけではない。

実際、もしシェルとしてのあらゆる機能において重大な設計上のエラーやリスクがあるなら、当のビル・ジョイや OS の開発に関わる人々が気づかない筈はないだろう。それとも、csh や tcsh のスクリプトについて本を書いた人々や、csh や tcsh の本を、少なくともクリスチャンセンが "Harmful" の文書を投稿していた90年代後半以降に書いた人々は、重大なエラーやリスクがあることを知りながら特定のプログラムについて解説書を執筆して出版していたわけなので、考えようによっては「優良誤認」というミスリードを誘う卑怯な出版物を出していたと非難されてしかるべきだろう。

しかし、パワーユーザの集まりを自認しているであろう、UNIX のコミュニティから、そういう何冊かの出版物の発行を差し止める訴えが起こされたり、あるいは特定の著作物の出版や流通を止めるべきだとニューズ・グループやメーリングリストや掲示板でキャンペーンが展開されたなどという話は、一つも見聞きしたことがない。問題外だと言うほどのプログラムがディフォールトのシェルとして採用され続けている事実について、いくら chsh コマンドを打てばいいだけだとはいえ、パワーユーザを自認する人々のふるまいとしては、あまりにも無責任ではないのか。

・・・という話になる。以上は、誰がどう調べても事実だけを基にしている議論であり、反論の余地などなかろう。

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