2018年03月22日に初出の投稿

Last modified: 2018-03-22

We should all be playing life to play. We shouldn’t only see our enemies or seek to control.

Your Life Is Tetris. Stop Playing It Like Chess.

言いたいことは分かるんだけど、しょせんはテトリスに喩える方がマシというだけでしかない。人生というものが、チェスのように全体が見渡せるわけでもなければ、誰かとの闘いというわけでもないといった理論を充足するモデルなら何でもよいわけで、要点は、どういうゲームで喩えるのが良いのかということではない筈だ。

いま philsci.info の掲載する論説として色々とテーマを抱えていて、その一つにタガートの論文などを使いながら、メアリーや BIV やスワンプマンのような "set-up" や思考実験が本当に哲学的に有効なのかどうかを再考した方がいいという議論を組み立てている。そういう論説を書こうと思った理由は、僕らが友人と高校時代から書店で見かけていた『プレジデント』のような雑誌の記事を鼻で笑っていた理由と同じだ。会社や学校という組織が軍隊から多くの発想を借りているのは事実だが、それらを安易に他の状況に当てはめることはできないし、『プレジデント』にものを書いているていどの、歴史学においても経営学においても大して業績を上げていない物書きに(どちらについてであろうと)何が分かろうかというものだ。そうして、35年くらい前の高校生にすら失笑されていたことを、いまだに多くの経営雑誌や経営書の出版社は続けており、要するにそういうことでしか食べていけなくなってしまっているのだろう。

経営において重要な最初のステップは、絶対に山岡荘八の小説を読むことなどではない。要するに、その程度のことすら分からずに無駄な読書に時間を費やしているからこそ、そういう人々は経営者としてどうこうと言う以前のレベルで無能なのだ。よって、冒頭の話に戻すと明らかなように、僕らがやるべきはテトリスの練習をすることではないし、僕らは他にどういうゲームが「人生に似ているか」と馬鹿げた探索や想像を始めるべきでもないのだ。

  1. もっと新しいノート <<
  2. >> もっと古いノート

冒頭に戻る


※ 以下の SNS 共有ボタンは JavaScript を使っておらず、ボタンを押すまでは SNS サイトと全く通信しません。

Google+ Twitter Facebook