2018年04月03日に初出の投稿

Last modified: 2018-04-03

The death of the newsfeed

This type of nonsense have been also getting grown in here, and childish "engineers" say RSS is dead, but why can they trust an algorithm at Facebook or others to pick up great stories from mountains of junk? It's a matter of selection, not a matter of computation.

フィードのアイテムが増えすぎて、自分にとって有益な記事を見つけるのが面倒になったから、Facebook などのアルゴリズムで「よさげなコンテンツ」をお勧めしてもらえば、やがては RSS フィードなど不要になるだろうという話だ。先日も書いたように、「RSSは過去のテクノロジー」だと叫んでいる連中は、簡単に言うと Facebook や Google や Twitter がお気に入りの記事を勝手に見つけてくれるので、フィードを購読して自分でお気に入りを見つけなくても済むだろうという、技術者を名乗るにはあまりにも牧歌的な人々だ。巨大企業のテクノロジーが理論においてもぜんぜん大した段階に到達していないのは、人工知能や機械学習の専門家なら誰でも知ってることだし、仮にそういうクールなアルゴリズムを作り出したとしても、テクノロジー企業がそのまま慈善事業みたいにアルゴリズムを実装してくれる可能性などゼロだろう。

そして、このような「現時点までの履歴に最適化した結果」しか出さないアルゴリズムというのは、人のメンタリティや知恵の発展を、履歴に最適化された予定調和のコンテンツしか見せないようにすることで、阻害すると思う。フィードが多すぎるなら、クズみたいな記事の方が多い配信元を切り捨てるべきなのである。問題は、最適化のアルゴリズムをどの会社に期待するかではなく、自分で適正なリソースを選び出すにはどういう基準を採用すればいいかということなのだ。

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