2018年11月24日に初出の投稿

Last modified: 2018-11-24

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Microsoft Office Lens という自動補正のカメラで撮影したので歪んだままなのだが、これは旧大阪府立夕陽丘図書館で特許資料のコピーを取るアルバイトで使っていた、書庫の配架資料だ。ワープロで丁寧に自作した書架マップとして小さくコピーしたものをラッピングして、間違えやすい資料の位置はボールペンで追記している。日本の資料だけなら「実開」「特開」「実公」「特公」と商標公報くらいで済むが、海外の資料もあるし、書庫が複数の階に分かれているので、無駄な動きをしないためにも書庫の情報を覚えなくてはいけない。ベテランのバイトの先輩たちは既に覚えているから不要のものだが、バイトに採用されて暫くはこういうものがないと先輩に何度も聞かなくてはならず、両者の工数が無駄に消費される。実際、OJT などというのは不可避的に余剰人員が出る腐った大企業か、もしくは OJT そのものが業務や生産性に寄与する(つまり既存の社員よりも有能な人材を採用する)特殊な会社でしか通用しない研修方法なのだ。

ともあれ、既にご存知のとおり大阪府立夕陽丘図書館は1996年に閉鎖されたため、恐らくは館内の複写サービスや特許資料の複写送付を担っていた会社も、現在の東大阪市に移ったか契約を解除されたと思う。夕陽丘図書館の施設は、その後で特許資料だけに特化した施設として継続運営されていたのだが、それも2011年に閉鎖となった。僕がアルバイトとして在籍していたのは1993年の5月から1994年の12月までで、ちょうど学部を卒業してから関大の修士に入るまでのあいだ、奨学金が出ない代わりに働いていただけだったので、長く勤めるつもりもなかったが、アルバイトの仲間にはなかなか面白い人たちがいた。リーダー格は親の面倒を看ながらアルバイトに来ていた人で、恐らく当時は介護しながら正社員として働ける会社が殆どなかったせいでアルバイトくらいしか生計を立てる手段がなかったのかもしれない。次に古いベテランの人物はポケットにペーパーバックを入れていて休憩時間に読んでいたのが印象に残っている。泰然としたところがある中に、何を考えているのか分からないところもあった。それから演劇をやりながらバイトに来ていた人物は、どうも僕が休みがちだったからか反感をもたれていたようで、特に何か書くようなことはない。他には、僕よりも年下で、シモーヌ・ヴェイユに興味があると言っていた若者もいた。確か生駒から通ってきているという話で、よく帰りに近くの「蓬莱飯店」という中華料理屋で、真っ黒に焦げたチャーハンを二人で食べながら話をした覚えがある。それ以外にも女性が二人と、アルバイトを管理している正社員か契約社員らしき年配の方がいた。「愛工社」という社名だったのだが、もう検索してもヒットしないので、こういう特定の行政機関にぶら下がって飯を食っていた会社だったのではないか(行政にぶら下がっているだけの印刷会社やサービス業者の多くは、契約解除されたら命取りという場合もある)。

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