2018年06月03日に初出の投稿

Last modified: 2018-06-03

既に船場センタービルの概説ページにも書いたことだが、僕は船場センタービルについて利用者の一人として関心をもっているだけであって、たとえば天牛堺書店さんが別の場所にあれば別の場所へ行って買い物するし、他に買い物や食事をする店がなければ、店舗について何も書くことはない。よって、あのビルや入居者の宣伝をしたいわけではないし、そんなことをする理由とか利害関係など全く無いのである。

寧ろ、これから準備しているコンテンツの中には、船場センタービルなんて大阪の商業にとって大してインパクトなんてないし、もしかすると昔もなかったんじゃないの? という主旨の文章が出てくる可能性もある。そして、これからの発展がどうのと大学教員や財界人とで暇潰し同然の討論や茶話会を山のように開催しているが、僕らのように何の利害関係もない人間から見れば殆ど無意味である。あそこでインバウンド対応したり国内の買い物客を呼び込みたいなら、17:00 頃に店が閉まったり、周囲の道から中の店舗の様子が全く分からないなんてのは、既に店を知っていて価値を認めている人が集まってくる隠れ家的な高級料亭でも無い限り、客どころか人がその特定の場所に集まると言いうるだけの、ビジネスとしての理屈どころか生物学的な根拠すらないのだ。モールというのは福袋でもなければお化け屋敷でもない。誰がいちいち行く意味があるのかどうかも分からないモールに、わざわざ足を運ぶというのか(現状、船場センタービルはあらゆる繁華街から離れた位置にある)。

また、船場センタービルや上を通る築港深江線の造成に関与した役人の資料は幾つか残っているので、図書館で借りてきては読んでいると、官吏としての苦労はあったと思うが、しょせんは文字通り天下り式の都市計画や区画整理という実態がどこかに隠されているような気がする。もちろん、草の根ライターや大学教員のように、下らない陰謀論を喚き散らすために調べているわけではない。だが他方で、大阪の建築や都市計画にかかわっている大学教員の殆どは、いくら情報を得るためとはいえ、官吏や建設業界の人間をはじめとする利害関係者や業界に対して完全に無批判的であって、彼らの書くものはイデオロギーや立場を無視したとしても社会科学的に言って公平さを欠いており、学術的には使い物にならない。府立大の教授だろうと市大の准教授だろうと、ただの「調べもの小僧」だ。「建築史」という学術分野が無能の掃き溜めだと思われたくなければ、やはりそれなりの客観的な成果を出してしかるべきだろう。(もちろん、業界や官吏との人間関係を維持しなければ全く情報を集められない場合もあろう。しかし、そんなことを言うなら警察はどうやってヤクザの情報を集めているのか。)

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