2018年10月27日に初出の投稿

Last modified: 2018-10-29

大勢の女性が子育てした経験をもっている。全ての女性とは言わないし、その方が「自然だ」などと言うのも不当だと思うが、非常に多くの女性が子育てをしていることに変わりはない。したがって、そういう人々の誰もが子育ての経験者だと言ってよい。しかし、彼女らが子育ての「プロ」かと言えば、そんな資格がどこにあるのか誰にも判断できないだろう。5人以上の子供を育てたらプロなのか。それとも五回以上の出産をしたらプロなのか。そんな基準に、どういう社会科学的な妥当性や必要性があるのか。

したがって、たかが自分の子供を何人か育てたくらいで「子育て評論家」などと、産婦人科学や発達心理学の学位も持たずに自称している人がたくさんいるようなのだが、その凡人の臆面のなさや気軽さこそが社会科学的に言って悪質だと思う。昔なら、近所のお節介な自信家のおばさんとしてあしらわれていたのかもしれないが、いまやそういう人たちがネットを使って勝手な理屈を世界中にばら撒いている始末だ。そして、そういう人々はひとたび自称でも社交辞令でも称号や地位を手に入れると、ダニング=クルーガー効果どころか単なる傲慢としかいいようがないことをやり始める。たとえば、何週間か前に見かけたブログ記事では、子育て本の著者と称する女性がアスペルガー症候群の人を簡単に見分ける兆候だとして幾つかの事例を紹介しているのだが、どう考えても発達障害やアスペルガー症候群に特異的な兆候とは言えないものも含まれる。

そもそも無条件に「御世辞を言わない」とか「ルールに厳しい」などと雑に人の特徴をとらえても、それは要するに堕落した自分から見てムカつくというだけの真面目な人を、まるでアスペルガー症候群や発達障害の人であるかのようにミスリードしているだけではないのか。医者や国家資格をもつカウンセラーでもない、敢えて「たかだか」と言わせてもらうが発達障害の子供を何人か育てたというだけの人に、そんなことを語る資格がどこにあるのだろう。これらの障害は、単純で外形的な特徴だけでは断定できないということに診断の難しさがあるとすら言われているのに、雑な特徴で他人を危険人物扱いするような態度を多くの人々がとるようになった社会に何の意味があると思っているのか。人の性格や判断、そして人間関係というものは、都内の IT ベンチャーが開発するような程度の低い AI とは違って、短絡したしくみで成り立つのではない。

加えて、その子育て本の著者は、何の具体的な証拠も出さずに、身の回りに発達障害やアスペルガーの人が数多く潜んでいるかのようなことを平気で言ってのけたり、症状をよく自覚した上で相手に応対を注意してもらうように自ら申し出ない人は卑怯であるかのごとく書いている。もちろん、こういう人物でも生物学的・法的には人の親になれるようだが、僕には子供たちが気の毒に思える。

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