Introduction to Replaceable Blade Straight Razor (2)

河本孝之(KAWAMOTO Takayuki)

Contact: takayuki.kawamoto@markupdancing.net

ORCID iD iconORCID, Google Scholar, PhilPapers.

First appeared: 2023-03-01 16:43:09,
Modified: 2023-03-23 10:54:12,
Last modified: 2023-04-20 14:27:52.

はじめに

前回の記事に続けて、替刃式の直刃剃刀(replaceable blade straight razor)を取り上げます。替刃の装着については前回の記事で説明しましたが、剃刀の各部について用語を説明していなかったため、「切れ刃」とか「刃線」といった言葉の説明も兼ねて、僕が使ってきた二つのタイプについて改めて詳しく、個人的な使用感も含めてご紹介します。なお、前回の記事で詳しく議論したように、このタイプの剃刀は “shavette”(シェベット)と呼ばれることも多々ありますが、当サイトでは幾つかの理由で採用していません。

hinged lever style hinged lever style slider style slider style

解説する対象の剃刀は、替刃式の直刃剃刀の中でも、ヒンジ式でレバーが付いたタイプ(hinged lever style)と、スライダーを使うタイプ(slider style)の二つです。前回の記事でも紹介したように、替刃式の直刃剃刀には刃を装着する色々なタイプがあるため、本稿で紹介するタイプだけが替刃式の直刃剃刀ではありません。ただし、これら二つのタイプが圧倒的なシェアをもっていると思われます(YouTube で観ている限り、理容師が現場で使っている替刃式の直刃剃刀で、これら二つのタイプでないものは滅多に登場しません。せいぜい、他のタイプの剃刀を宣伝している製造業者自身が自社製品を紹介している動画があるだけです)。

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各部の名称

では、剃刀の部品や各部の名称を説明します。殆どは、従来の SR(traditional straight razor, 西洋剃刀)や安全剃刀(safety razor)について、理容師、理容師の職業団体、養成機関、それから行政機関(理容師と美容師は国家資格であるため、日本では厚生労働省が監督官庁です。なお美容師はシェービングしないので、昔は理容師団体との縄張り争いという事情もあって都道府県レベルで管轄していましたが、現在は美容師も厚生労働省の監督下にあります)での呼称や定義を調べています。ただし、広く使われている呼称でも、それらの authority と言える団体や人々によって言葉の由来や定義が与えられていない俗称については、ここでは紹介も説明もしません。たとえば、外国製品であるか国産であるかに関わらず SR を日本では「本レザー」と言う場合がありますが、この言い方について由来や定義を説明している事例を僕は全く知りません。

そして何度も説明していますが、そもそも替刃式の直刃剃刀ですら幾つかの呼び方があって、職業団体や製造者の団体が統一する様子は全くありません。したがって、このヒンジ式でレバーが付いたタイプの剃刀や、スライダーを使うタイプにも、ヒンジやレバーやスライダーには色々な呼び方があるようです。ただし、海外の通販サイトや剃刀愛好家や理容師のサイトだとかブログを見ても、そのタイプの剃刀の呼び方なのか、それともそのタイプが含まれる替刃式の直刃剃刀全般をそう呼んでいるのかが区別できない場合も多々あるため、ヒンジやレバーやスライダーの名称はともかく剃刀の異なる呼び方については、敢えてご紹介しません。たぶん、未熟な博物学のように、検索結果として出てきた文字列を並べるだけの愚行でしかないでしょう。

最後に、SR について各部の名称を解説しているサイトは多々あるため、そこでの名称を替刃式の直刃剃刀にも使える場合はありますが、替刃式の直刃剃刀では位置や部位の名称として使えても、剃刀としての機能や性能には殆ど関係がない事例もあります。例えば SR の刃の根元あたりを “heel”(刃元)と呼びますが、替刃式の直刃剃刀では用を為しません(替刃式では替刃の刃線でしか切れないため)よって、「剃刀の根元に当たる箇所」という意味で heel だ刃元だと言えるだけに過ぎず、そこが替刃式の剃刀で髭を剃るために何らかの役割や機能をもつという前提では語れません。

parts

SR の一般的な部位について呼ばれている、少なくとも英語と日本語での名称を替刃式の剃刀に当てはめて紹介しました。もちろん SR であれば、替刃式の直刃剃刀には殆ど見かけない部品ですが、他にも heel から pivot pin までの tang / shank という箇所で、指の滑りを抑えるために底部へギザギザの形状が造作してある剃刀が多く、その個所を “jimps”(「細い切れ目」という意味)とか “fluting”(「襞状の飾り」という意味)と呼んだりしますし、スケールのピン(留め金)も、商品によっては中央に “spacer pin” とか “plug” と呼ばれるピンが付いていたり、それから pivot pin とは逆の先端部に “wedge pin” とか “heel pin” と呼ばれるピンがあったりします。確かに替刃式の剃刀に jimps があっていけない理由はないですし、替刃式の剃刀で採用されているスケールに wedge pin がついていてもいいわけですが、何と言っても替刃式の直刃剃刀には装飾や耐久性よりも低価格が求められているため、DOVO や H Böker や Parker や Proraso などが発売している高級品を除けば、世界中の理容師が使っている替刃式の剃刀の大多数には、そういう本質的でない部品は付いていない(でも、髭を剃るのに殆ど支障はない)のが実態だと思います。トルコやインドで街中の街頭で髭を剃っているような理容師の動画などを YouTube で観てください。良い悪いは議論できるかもしれませんが、彼らも髭を剃っていることに変わりありません。

それから、上の図では「刃先」とか「刃元」とか切れ刃の部位について説明していますが、もちろん替刃式の剃刀では実際に剃る部位は DE である替刃ですから、DE 自体に刃先とか刃元のような位置関係の区別はありません(ちなみに切れ刃の部位だけは「刃(やいば)」という字が使われていることにご注意ください)。いったんは装着した替刃を、改めてひっくり返して装着しなおしても問題なく使えるでしょう。そして同じ理由から、刃元から刃先までの切れ刃の様子を「刃線(はせん)」と言い、「刃線が曲がってる」とか何とか言ったりするわけですが、工場で大量生産された替刃に曲がった刃線の商品などありませんから、替刃式の直刃剃刀について刃線という言葉を持ち出すのは、やや大袈裟で滑稽な印象があるかもしれません。

parts 2

次に、替刃式の直刃剃刀で替刃を装着する箇所についても、製造業者や理容師の団体で決めた正式な名称がないと思われるため、販売サイトや男性エステのサイトや理容師のブログやユーザのフォーラムなどなど、人によって色々な呼び方があります。検索すれば何かしら変わった別の呼び方が見つかりますし、とりわけアメリカでは人名の発音についても言えることですが、要するに何のことなのか分かればいいというプラグマティズムがあるため、正直なところどれが「正しい」とか「有力」だといった実態調査や統計をとる意味はあまりないでしょう。こういうわけで、上記にご紹介している呼称を使っていない人もいます(たとえば、左のスライダーを使うタイプではスライダーを “tray” と呼ぶ人もいます)。

それから部品の名称についてだけではなく、そもそも替刃式の剃刀そのものを “blade holder” と呼んでいる通販サイトもありますから、こうした呼び方については、現状では何を指しているのか脈絡で判断する他にないという気がします。確かに幾つかの呼称については、公式であれなかれ少なくとも他のサイトで使われている呼び方を知らないせいで、素人が勝手に呼んでるだけだという可能性はあります(自分の扱っている商品について知識が殆どない、ブローカーの通販サイトではよくあることです)。でも、公式の呼び方がない以上は、そういう呼び方を最初から無視したり否定しても有効ではないかもしれません(たとえば検索するときに無視すると、一定の検索結果を呼び方の是非だけで除外することになり、そのこと自体は商品の良し悪しとは実は関係がない取捨選択である可能性があります。もちろん、ブローカーの単なる不勉強で勝手に名前を付けているだけあれば、その不勉強やデタラメを弁護する意図はありませんが)。

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使用感(ヒンジ式)

hinged lever style Hinged lever style

替刃式の直刃剃刀として初めて買って使ったのが、このヒンジが付いたレバーのタイプです。装着方法については前回の記事でご紹介した通り、レバーを外してからヒンジを開き、ヒンジにある突起部にブレードを固定して閉じるという手順をとります。次のスライダー式にも言えますが、たいていは装着するあいだにブレードが固定した個所からズレて傾いてしまうため、あまり堅くない物体に当ててブレードの出方を補正してから使います。この、直刃剃刀の形状をした剃刀で初めて剃ったのは2022年の12月7日でした。まずは丁寧に恐々と、あまり深く剃ったり逆剃りも出来ずに終えましたが、予想外に大過なく終わったという印象が残っています。GORO さんの動画を観ていて、とにかく寝かせて剃るという話があったので、かなり寝かせていたからなのでしょう。そのせいもあって、剃るには剃りましたが剃り残しが非常に多く、結局は後から大半の個所を T 字剃刀で剃り直した覚えがあります。所要時間も、最初にヒンジ式で剃ったときは30分以上もかかり、後からプレシェーブ・ジェルだけを塗った顔を T 字剃刀で剃り直すのは1分ていどだったと思います(T 字剃刀は30年くらいのキャリアがあるので、いまは鏡がなくても剃ってしまえるくらい慣れているからです)。

ブレードの品質も関連していますが、刃の当たり方は柔らかくて操作しやすいと感じました。ただし、2023年2月6日には Etsy で注文したスライダー式の剃刀が到着したので、このヒンジ式は使わなくなりました。いまは剃刀の運行を練習するための器具として使っており、ブレードを装着せずにレバーを堅くペンチで挟んでからヒンジに押し込むように取り付けて、簡単にはレバーが外れないようにしてあります。「退役」となった理由は、使い始めてから二週間ほどすると、髭を剃っているあいだにレバーが外れてしまうようになったからです。もちろん、個体の問題かもしれませんし、YouTube で髭剃りしている動画を観ていると堅く締まるように作られているレバーもあるようなので、このタイプの剃刀が全般としてそうなっていると言うつもりはありませんが、ヒンジ式のものにはレバーが緩くなるものもあるのは事実です。ヒンジ式の Parker SRX を愛用している GORO さんの動画でも、レバーのあたりに指を当てて剃刀をしっかり掴んでいる(しかし手首は自由に動かせるようにする)という説明があり、そういう持ち方を習得すれば対応はできるのかもしれません。ただ、剃刀をしっかり掴むことで結果的にレバーも外れないように握っている体裁ならいいのですが、レバーが外れやすいから剃刀の特定の箇所を握らざるを得なくなるという制約は受けたくないので、そもそもレバーを使っていないタイプがある以上は、そちらの剃刀も試してみようと思ったわけです。

使い始めてから一ヵ月くらいが経過すると、少しでもシェービング・ソープやプレシェーブ・オイルが隙間に入るだけでレバーが外れるようになりました。もちろんレバーが外れるとヒンジも外れてしまい、要するにブレードが脱落したり角度がおかしくなって、端的に言って危険です。なんだかんだ言っても手首の動かし方一つで人が殺せる刃物であり危険物ですから、リスクが顕在化する兆候を見つけたら潰すのが望ましいでしょう。僕がもつ職責の話題に置き換えて言っても、それは情報セキュリティの実務家の役割でもありますから、気づいたときに何らかの対処を考えるなり書き留めておくなり、あるいはその場で可能なら対策をとらないといけません。情報セキュリティのマネージャとしては PDCA のようなスキームに従うことも大切なのですが、情報セキュリティの技術者としては、その場で脆弱性を見つけたら(対応が可能であり、妥当な判断にもとづくなら)即座に弱点や欠陥や問題を叩き潰すことも大切です。そういうわけで剃刀の話に戻すと、これ以上は使えないと判断しました。ただでさえ、髭を剃っているときの剃刀はシェービング・ソープでかなりヌルヌルとして滑りやすくなっていることを、実際に使っている方であればお分かりだと思います。形状がどうであれ、腕や手首や指の使い方一つで切り傷を作る恐れがあるわけですから、対策は実行できるときにやる。それこそ、「やるなら、いまでしょ。」という名言のとおり、必要に応じて実行しなくてはなりません。軍隊でも、拳銃の雑な整備や扱い方一つで自分の腕を吹き飛ばしてしまう可能性があるくらいです。用途が争いとは関係のない髭剃りだからといって、道具が危険でなくなるものではないのです。

ただしヒンジ式の剃刀が全て仕組みとして危ないと言いたいわけではないので、ここでは具体的にどこの製品を使っているという話はしません(それに、僕が実際に使っていた製品は、前回の記事で既に書きました)。

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使用感(スライダー式)

slider style Slider style

次に手に入れたのが、スライダー式の剃刀です。ヒンジ式とは違った剃刀を探していたのですが、どうも Amazon.co.jp では胡散臭いものばかりですし、海外通販を試してみたいという動機もあったため、Etsy で注文しました。まず届いて気づいたのが、軽さです。剃刀の重量については、一概に是非は言えないと思っていますが、やはり軽いという事実は安っぽいという印象に繋がります。剃刀の重量が最も大切なのではなく技能が最も大切なのだという話は同意できますが、剃刀を扱う当事者の実感としては、やはり軽いというのはどうにも不安を感じてしまいます。ここで安物(僕が買った剃刀は日本円で1,000円もしませんでした)と言えるなら話は簡単ですが、他の剃刀を調べてみても、DOVO Solingen の Shavette は 27g と軽いわけであって(僕が購入した剃刀でも 40g はあります)、必ずしも値段と重さは比例しないのでしょう(もちろん Shavette がスライダー式の剃刀として高額商品だからといって、高性能だとまで言えるかどうかは知りません)。

ということで、到着した剃刀を使って剃ってみると、まず最初に気づいたのが「重い」ということでした。軽い剃刀なのに重いとはどういうことかというと、要するに剃刀の重量がシェービング・ソープの抵抗に勝てず、剃刀自体の重さでは動かないという意味です。ふつう、シェービング・ソープは石鹸として肌の汚れを落とす効能だけではなく、剃刀の滑りを助ける表面活性剤の効能もあると解説されるわけですが、その反面で表面張力によって泡が抵抗になる場合もあります。したがって、石鹸と水を混ぜ合わせる比率やラザリング(シェービング・ソープを水に解き交ぜて泡立てること)の時間とか強度などで、ソープを抵抗感の少ない状態(つまりは混ぜる水を増やすわけです)にしないと、剃刀を運行するのに強い抵抗感が出てきてしまいます。ただ、これは剃刀を剃る力の入れ具合や肌の質など髭を剃る状況や習慣など多くの要素が関連しますし、抵抗を感じるていども各人で異なるため、僕もシェービング・ソープについての使用感をブログ記事で書かれている K(Q!)AWASE Hirohisa さんの意見と同じく、無条件に一律の評価ができると想定するべきでないと思います [Kawase, 2017]。

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Shavettes: The Truth About Disposable Straight Razors

ここでは、The Shave Den という髭剃り関連のフォーラムに掲載されている、替刃式の直刃剃刀について書かれた “Shavettes: The Truth About Disposable Straight Razors” という解説記事を紹介します。筆者は PLANofMAN というハンドルネームの、オレゴン州に住んでいるボイラー技術者です。

What were they used for? The first shavettes were developed for barbers. They were used by the barber for giving a razor cut haircut. The shavette was used in place of scissors or clippers for trimming hair, and for shaping sideburns, hairlines and the nape of the neck. In the past, the most popular was the Durham Duplex. The brand and blades still survive today in the dog grooming industry.

替刃式の剃刀は誰が使っていたのか。 Shavette [彼は “shavette” が一般名詞だと判断しています] は理容師のために作られました。最初に作られた際にはヘア・カットの道具として使われていたのです。Shavette は毛髪をトリミングするために鋏やクリッパーを使うような場所を剃るために使われていて、もみあげや額、それからうなじの生え際を整えるためにも使われました。過去には、最も有名な剃刀は Durham Duplex でした。このブランドと刃物類は現在も存続していて、犬のグルーミング業界で使われ続けています。

[PLANofMAN, 2012]

他の論説で書いたように、shavette だろうと「替刃式の直刃剃刀」だろうと、その範囲や歴史は定義によって幾らでも変わります。ですが、標準的な見方として上記の説明は妥当な範囲だろうと言えます(ただし、Durham Duplex は Personna という、医療用も含めた替刃式の剃刀で使われる替刃も製造しているので、犬のグルーミング業界で生き残っているというのは言い過ぎのようにも思います)。

The differences between a straight and a shavette razor. Shavettes are not entry level straights. They feel different, they shave differently, and aside from appearance, have almost nothing in common with a straight razor. Someone who wants to try straight razor shaving would be best advised to purchase a professionally honed used straight razor and an entry level strop. Does that mean shavettes don’t have any place in wet shaving? Of course they have a place, just not as a starter straight razor. Many people use shavettes to shave with, they just don’t kid themselves about what they are using. Straight razor shavers who choose not to take a regular safety razor with them when they travel often take a shavette along. Shavettes are lighter, have more rigid blades, shorter blade length and are more unforgiving of mistakes than a real straight razor. On the other hand, with a shavette, you do not have to spend time honing or stropping the blade.

直刃剃刀と shavette の違い。 Shavette は直刃剃刀のエントリー・モデルではありません。どちらも使い心地は違っていますし、剃り方も違いますし、それから外見を無視すれば、両者に共通点は殆どないのです。直刃剃刀で髭を剃ってみたいと思う人がいても、そういう人には、職人が研いだ使用済みの直刃剃刀と、それから初心者向けの革砥を買うように薦めるのがベストでしょう。ということは、shavette を使ってみても wet shaving したことにはならないのでしょうか。もちろん、shavette を使ってもいいでしょう。けれど、それは直刃剃刀で wet shaving する準備にはなっていないのです。Shavette で髭を剃っている多くの人たちが、自分で何を使っているのか誤解していなければ、彼らは wet shaving していると言えます。直刃剃刀を使う人が、旅行する際に安全剃刀を持って行くつもりがなければ、しばしば shavette を持って行ったりします。Shavette は直刃剃刀とは違って軽いですし、刃が硬くて、刃の長さも短い上に、直刃剃刀よりも深刻な誤りが多いのです。しかし他方で、shavatte を使うと刃を研いだり革砥に掛ける必要がなくなります。

[PLANofMAN, 2012]

当サイトでは「替刃式の直刃剃刀」と読んでいますが、SR の一種であると言っているつもりはありません。見た目というか、刃線が単に straight であるということと、折り畳み式の形状で扱い方が似ているということを理由に、刃を交換できる直刃状の剃刀だと言っているわけです。したがって、外見を除けば殆ど一致する点がないという上記の解説には同意できませんし、初心者が最初に手に取る剃刀として、彼が言う shavette よりも(たいていは高額商品である)SR を薦めるかと言えば、それにも同意できかねます。とにかく、SR は、Gold Dollar のような数百円で販売されている剃刀を除外すれば、まともな運用環境を整えようとすると初期投資がかかりすぎて、とても「生活道具」とは言えません。いまや欧米で製造されている SR は、ただの贅沢品です。人が生きるために不可欠のデバイスでは絶対にないと断言できます。でも、好きな人は贅沢だと割り切って、何万円だろうと買って使えばいいわけであって、それに文句を言うつもりはありません。(僕にしても、哲学者として生きるだけなら、何千冊の洋書を買って読む必要など全くないですし、大学院の博士課程にまで進んで総額800万円くらいの奨学金を50歳近くになるまで返済し続けることなど無駄でしかないでしょう。しかし、自分が必要だと思えば、贅沢だろうと人に文句を言われようとやってもいいわけです。)

SR と替刃式の剃刀とで、外見の他にも共通点があると考える理由は、まことに簡単です。最近の養成機関では替刃の剃刀しか使わないようですが、少なくともプロの理容師であればどちらも扱えるからです。たとえ一度も手にした経験がない日本剃刀だって、理容師の資格をもって何年も他人の顔に剃刀を当てている限りは、少し練習すれば使えるようになるはずです。つまり、僕は剃刀を扱う技巧は剃刀の種類と関係ない、何か本質的な運用とか操作の技能があると思っているので、たとえ直刃剃刀でしかできない技巧があるとしても、現在のプロの理容師は大半が替刃の剃刀を使うのですから、そんな技巧が無くても髭が、それどころか他人の髭ですら剃れるなんてことは明白ではないでしょうか。そうであれば、簡単な話ですが、替刃式の剃刀が直刃剃刀のエントリー・モデルになりうるかどうかなんて、実は些末な話でしかないのです。

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最後に

shaving in a bathroom 自宅の浴室で髭を剃るときの用具

上の写真は、替刃式の直刃剃刀を使って髭を剃る習慣を始めてから一ヵ月くらい経過した、2023年2月の浴室で髭を剃るときの一式です。剃刀はスライダー式を使っていますが、先の節で書いたようにシェービング・ソープの抵抗に勝てない(そもそもコンケーブがないため、刃身に泡が付くと逃げられず、泡と剃刀が接する面積も広い)ため、初心者としては相当に危険なくらい剃刀を立たせて剃らなければならず、当たり前ですが何回かおきに今でも切ることがあります。脅かすつもりはありませんが、軽微な切れ方ならともかく、風呂から上がっても血が出続けるくらいの傷であれば、治って上から再び剃れるまでに一週間はかかるため、対面でお客さんと接する職業の方や、女性、男性、あるいは LGBTQ でも気にする人は、慎重に刃の角度を保って、剃刀を不必要に動かしたり肌に当てないよう気を付けましょう。 それでは本稿の最後に、ヒンジ式とスライダー式について簡単な比較をしてみます。どちらのタイプもメーカーや商品の個体差によって、部品の良し悪しとか歩留まりとかがありますから、たまたま問題があったかもしれない部品などのトラブルだけを理由に優劣や是非を語ることはできません。したがって、設計とか構造とか、あるいは僕自身が使った限りでの使用感などで比較しておきます。

まず、YouTube で海外の理容師なり理容室が公開している動画を観ている限り、普及率に優劣は付けられないと思います。それに、国によって製造・販売されているタイプの偏り(更に言えば、その国や州などの各種団体が薦めていたり、職業学校で採用されてるタイプがどちらかに偏っていたりする可能性もあるでしょう)が影響している可能性もあります。少なくとも、どちらのタイプもプロの理容師が使っているという事実だけは否定できないと思うので、どちらのタイプも使えるのは確かです。よって、どちらのタイプを使うのが正解であるなどという議論は、おおむねナンセンスだと言っていい筈です。

また、僕が前の節でそれぞれのタイプについて書いた使用感についても、同じタイプで他のメーカーが製造している商品なら、僕が感じた問題が改善されていたり、いやそれが個人の好みにすぎなくて問題だとは限らないとしても、少なくとも違う特徴や性能を備えている可能性があります。したがって、一律にヒンジ式はこうだから良いとか悪いと議論できるとは限りません。例えば、僕が使っているヒンジ式の剃刀はレバー(クリップ)が髭剃りの途中で外れてしまうという問題があるため、これはレバーの締まり方を堅くしても扱いが面倒になりますから、使えないと判断しました。でも、ヒンジ式の剃刀を使って髭を剃っている幾つかの動画を観ていると、レバーをかなり堅く締めている事例があり、商品によってはレバーの機構が違っていて外れにくくなっている場合もあるのでしょう(海外の商品には、レバーを根元のネジで締めて固定するものもあるようです)。あるいは、僕が使っているスライダー式の剃刀は、前節でスライダー式の使用感を説明したときにご覧いただいた写真で分かるように、刀身がまっ平になっていてコンケーブ(“concave” と言い、内側に湾曲している形状のことです。ぜんぜん湾曲していない直線的な楔形だと “wedge” と呼びます)がないと、シェービング・ソープと接する面積が広いために抵抗が大きくなります。しかし、商品によっては結果として実質的に肌と当たる面積が狭くなるような凹凸やなんらかの部品が付いていたりするかもしれません。もちろん、それは設計と言うよりも、たまたま肌と接する面積が狭くなってコンケーブが付いた刃で剃るような感覚になってるというだけですから、それだけのことで特定のスライダー式が剃り易くなっていても、是非を語る理由にはならないでしょう。

こういうわけなので、ヒンジ式とスライダー式とを比べて全般的にどうこう言えるような比較は難しいわけですが、それぞれのタイプで発売されている剃刀の大半が似たような特徴をもっているがゆえに比較できることがあります。特に、重量についてはヒンジ式の方が重い商品が多いと言えるでしょう。ヒンジ式の典型だと、Parker の商品では 1.7oz = 48g(SR1)から 2.3oz = 65g(SRX)までありますし、MD というアメリカのメーカーなら 3.2oz = 90g だったり、Equinox の商品には 4.34oz = 123g というものもあるようです。他方でスライダー式だと、重い剃刀として Sanguine というメーカーから 4.16oz = 118g という商品が出ていますが、たいていは 0.8oz = 22g から 1.7oz = 48g くらいの商品であり、概してヒンジ式よりも軽いものが多いと言えそうです。なるほど、僕が使っている商品にも言えますが、スライダー式はスライダーを収納するために刀身がステンレス製の中空素材になっていますから、軽くなるのも分かります。したがって、商品によってどちらのタイプでも軽いものや重いものがあるのは事実ですが、概して重い剃刀なら 40~50g が多いヒンジ式を選び、軽い剃刀を使うなら 30~40g の商品が多いスライダー式を選ぶのが良さそうです。もちろん、重いからいいとか軽いからいけないという理屈はありませんから、どちらを選んでも使う当人によってしか是非は分からない筈です。

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参考

書誌情報は、「References - Shaving」のページにまとめてあります。こちらをご参照ください。

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