鈴木謙介『わたしたち消費』,p.125.
2008年02月11日 18:23
題材
こうした、受け手の意見の吸い上げによって、受け手と同じネタを共有し、自身の作品に反映させていくという手法で成功している作家の代表といえば、大ヒットマンガ『NANA』の作者、矢沢あいだと思います。彼女は常に、自分の作品が連載される媒体の読者と共振しながら、そこに合わせた作品を書き続けてきました。『りぼん』という少女マンガ雑誌では、恋に踏み出せない奥手な主人公を、『Zipper』というファッション誌に連載されていた『Paradise Kiss』では、ファッションモデルの世界に足を踏み入れながら、夢と恋人との関係の間で悩む少女を主人公に据え、受け手の等身大の世界を描いています。
鈴木謙介『わたしたち消費』,p.125.
検討
この段落の後半部分は一気に一文で書かれていますが、まるで出来の悪いアナウンサーが、些事としか思えない事件の詳細を重大事であるかのように延々と語っている口調みたいです。何度か読み返して、「奥手な主人公」と「悩む少女」が並列に述べられていることに気づいたのは、数時間後のことでした。後半の部分だけを取り出してみると、
『りぼん』という少女マンガ雑誌では、恋に踏み出せない奥手な主人公を、『Zipper』というファッション誌に連載されていた『Paradise Kiss』では、ファッションモデルの世界に足を踏み入れながら、夢と恋人との関係の間で悩む少女を主人公に据え、受け手の等身大の世界を描いています。
鈴木, ibid. [強調は河本]
となります。「~では A、~では B」として文の全体をすぐにまとめられたらよいわけですが、これを初めて読むと並列しているようには理解できない文章でした。この文を短く圧縮したら、「主人公を主人公に据え、世界を描いています」という奇天烈な文章に思えたのです。前半は「主人公」が補語になっていて、後半は同じ言葉が目的語になっていることも混乱の一因かと思われます。更に、この文を読んでいる間は『りぼん』、『Zipper』そして『Paradise Kiss』という三つのタイトルを押さえながら読み進めなくてはなりませんが、前半では『りぼん』と誌名だけなのに対して、後半は何の雑誌に載った何という作品と特定されているにもかかわらず、そこまで特定する根拠がどこにもなさそうに思えるため、なぜ後半だけ詳しく書くのか困惑するというのも、混乱を招く一因に思えます。
提案
あくまでも僕にとって分かりやすいという前提はありますが、上記の代替案は以下のとおりとなります。
『りぼん』に掲載された作品では、恋に踏み出せない奥手な主人公を据えていますし、また『Zipper』に掲載された作品では、夢と恋人との間で悩む主人公を据えており、これらはどちらも受け手の等身大の世界を描いています。

或る方のコメントでは、元の文章でもすぐに並列していることが分かるとのことです。
こう、思うのだけれど、この文章って音読すると分かりやすいんでしょうか。
見ていると、テープ起こししたような文章ではある。
投稿:philsci / 2008-02-25 at 2008-02-25 01:33