Digital identity does matter for us
2008-12-30 20:35 /
「アイデンティティ」というカテゴリーを追加して、取り上げることにしました。本稿は初回なので、雑感を述べます。
「アイデンティティ」と言えば、多くの方は「アイデンティティの確立」といった心理学の用法で使われる意味合いを思い浮かべるでしょう。僕が大学時代に専攻した哲学でも、「アイデンティティ」はさまざまな研究分野で独特な切り口によって語られていました。形而上学、存在論、倫理学、あるいは科学哲学、数理哲学、政治哲学など、もとより哲学的考察の根本となるべき重要な概念ですから、たいていの研究分野で取り上げられていたのは当然と言えます。更に哲学や心理学だけに限らず、社会学や政治学や歴史学あるいは自然科学においても、「アイデンティティ」はキータームとして扱われます。およそ、「アイデンティティ」の概念が根本的な重要性をもたない学問分野を探すほうが困難と言ってよいでしょう。いや寧ろ、単なる「及び腰の可謬主義」で言い訳の余地を残すが如き言い方をするべきではなく、「アイデンティティ」の概念が本質的にトリヴィアルであるような学問はないと言った方が、正確かつ誠実な態度でしょう。
さて、このたび「アイデンティティ」を取り上げることにしたのは、もちろん OpenID をテーマとして、主に Twitter であれこれ語っていたことがきっかけでした。既に僕自身の関心はこのような瑣末なテーマからは離れていますが、それでも「じゃあ、そもそもデジタル・アイデンティティとは?」という関心は残りました。そして、ウェブ上のリソースや書籍などを参照しているうちに、日本ではデジタル・アイデンティティどころか、アイデンティティの概念そのものに関して、技術と哲学のインターセクションで議論の蓄積が欠けているという印象をもったのです。昨今では、技術倫理とか情報倫理と呼ばれている研究分野はまだ新しく、せいぜい情報セキュリティやシステム開発上のデュープロセスを、かなり初歩的な知識にもとづいて哲学研究者があれこれとお喋りしているような段階という評価しかできません。
さてデジタル・アイデンティティについてはそうであっても、もっと広くアイデンティティにかかわる他の話題について言えば、例えば社会学や政治学あるいは心理学や教育学では、エスニシティーやジェンダーや青年心理それから自殺などを語る場において、アイデンティティの概念は多くの研究者に援用されています。つまり、あからさまに「アイデンティティ」という語を用いなくても、その概念が射程に入っているということです。あるいは、在日中国朝鮮人であるとか、被差別部落であるとか、ナショナリズムといった議論にも、この概念は見え隠れします。しかし、深入りしてしまうと議論がなかなか前に進まなくなってしまうような、いわゆる「ビッグ・クエスチョン」であるとも思われているのでしょう。それゆえ、議論の蓄積がある分野においても正面きって取り上げるのは(逆に議論の蓄積が多すぎるからか)困難かもしれません。
もちろん、ここで僕がそれをやろうと言っているわけではありません。いまのところ、自分にとって特にはっきりさせたい点を、調べたり考察してゆきたいと思っているにすぎないのです。いまのところは、アイデンティティという概念の基礎から社会・政治・心理という現実の問題にわたる広い射程の中で「デジタル・アイデンティティ」を取り上げれば、さしあたり十分と言えるほどの考察を進められると考えています。ここで取り上げる “identity” は、もちろん歯が浮くような企業理念を語るための言葉であるとか、ありもしない「本当のボク・ワタシ」を理論的に正当化して慰めてやるためのお手軽な材料ではなく、本来は取り扱い注意とも言うべき概念なので、慎重に少しずつ論考を積み上げられたらよいと考えます。
最後に一言。モデル理論や確率の数理哲学あるいは科学哲学全般を専攻分野としていた経緯があり、門外漢の人々には自分の研究分野を「ハイブリッド系だ」などと冗談を言うこともありましたが、そもそも「~系」という通俗的な分け隔てそのものが愚かな行為であると言えます。したがって、本サイトで取り上げる話題が物理学上の「同時性」や数学上の「外延的一致」などとはかけ離れたところで論じられているからといって、何らかの弁解をしようとは思っていません。「ここで取り上げるのは、あくまでも文系の立場から見たデジタル・アイデンティティであって・・・」などというのは無用な言い訳でしかなく、またそのような言い訳をしてもらって自尊心を保つしかない技術ヲタクや数式ヲタクを相手にするつもりはありません。当サイトではいきなり高尚な議論をするつもりはありませんが、少なくともそのていどのレベルでしか議論できない人たちは相手にしないで話を進めようと思っています。
