食料自給率について
2010-07-18 03:42 /
このところ自宅でトイレに入るときの読み物として『日本は世界5位の農業大国 大嘘だらけの食料自給率』(浅川芳裕/著、講談社プラスアルファ新書、2010)を手にしているのだが、昨年のいまごろも「食料自給率」について述べた本を読んでいた記憶がある。この食料自給率については、超整理法でおなじみのおじさんから元ライブドアのおじさんにいたるまで、数多くの人が「ナンセンス」と断じている。そして、カロリーベースにせよ生産額ベースにせよ、大雑把に言って自給「率」を計算するための分子や分母を算出する方法には、「示したい数値」を出せるように恣意的な操作ができてしまう、かなり怪しい点が多いという。
その理由の一つとして、カロリーベースの自給率をとる。これは「国民一人に対して、一日に国産の供給物がもつカロリー」を「国民一人に対して、一日に供給される全カロリー」で割ったものだ。しかし、国内で畜産業に励んでいるところでは国内産の飼料など品質が悪すぎて使わないらしく、したがって畜産業がまかなうカロリーの多くは「海外産」扱いとして分子から取り除かれる。国内で生まれて育てた牛や豚であっても、海外の飼料を使えば「海外産」としてカウントされるからだ。また分子には、実家が農家の人なら実家から送ってもらった米の消費はカウントされていないし、近所の農家から「おすそ分け」をいただいたり、直に購入した場合もカウントされない。というわけで、農水省が公表している自給率の計算では、分子に当たる値が少なく、分母に当たる値が多くなり、当然のように現実の食料供給事情よりも少なく見積もられるので、危機感を煽りつつ予算を獲得したり農政を維持するための「マッチポンプ」だと言われるわけである。
なるほど、個々に納得はゆく点はある。しかし、いまのところ、どうもにわかに賛同しにくい点もある。誤認もあろうし、思慮不足もあろうが、即座に「自給率なんてどうでもよい」とは言い難いものがある。
まず、国内で生産される農産物だけでなく、海外から輸入される農産物についても、政府は管理責任を負っている。しからば、コントロールが効きにくい(しかし外交上のいきさつがあって押し付けられることもある)輸入農産物をむやみに増やしていくのも、一つのリスクだと考えているのではないか。まぁ国内産だから品質がよいとは限らないし、安全だとも限らないわけだが、少なくとも海外の生産者は日本向けの輸出品で問題を起こしても別の国(安全の基準がもっと緩い国)に売れば済むが、日本国内の生産者は二度と商売ができなくなり、ゆくところまで行けば、旧雪印やどこかの食肉業者のように破綻する他はなくなる。
また、食料自給率の推移に基づく政策に批判的な人々は、グローバリズムを当然のことか、あるいは今や不可避だとして論じているが、日本が輸入先としている相手国の農業生産を輸出専用農産物だけをつくるように仕向けてしまい、相手国をモノカルチャーとしてしまう危険性が指摘されている。また、いま寝床で読んでいる『土の文明史』にも、南北戦争前後の頃に、ヨーロッパ向けの輸出品としてアメリカではタバコが大規模に生産されたおかげで、わずか数十年で土地が消耗し切ってしまったという話もある(西へ向かう開拓史は、農業においては土地を使い切って放逐し、どんどん開けている西の土地へ移動したという土壌破壊の歴史でもあったわけだ)。
プレカリなんとかと言われていても飢餓など発生しない国でグローバリズムを奉じる人々の中には、幼稚園児並みに「お互い様の精神」としてグローバリズムを説明する者もいる。少し洗練された言い方をすると、世界規模の分業化ということだ。しかし、経済的に強い立場の者は圧倒的な消費者であり、ちょうと日本における「下請け法」の構図と同じく、決定的な選択権がある。アフリカや南米や東南アジアのどこかで好みの商品を作らせ、仮に嫌がれば別の国と交渉すればよいだけという立場だ。その国から輸入できなくなり、いっときは市場になくなってしまっても、たかだか食材の100や200品目がスーパーから無くなったくらいで、日本人は飢餓になったりしない。そのような国にあって、有利な立場にいる連中が発する「お互い様」とか「世界規模の分業」などという言葉に、いったいどれほどの信頼がおけるのだろうか。
善人ぶって「お互い様」と口にするほどアホでなくても、安易にグローバリズムをよりどころにするメンタリティの持ち主が意図するところは、とどのつまり、かなり昔に物議を醸したハウス食品のコピーみたいだが、「君、作る人。僕、食べる人。」である。アフリカや東南アジアの国々では、自国の国民が食べる主食を生産するよりも輸出用の低カロリーな果物や野菜、あるいは食べもしないバイオマスエネルギーの原料になる植物を生産する方が多いという悲惨な状態を固定する可能性も否定できないのではないか。確かに、それでも海外の国々がたくさん買ってくれたら、自国の国民に供給する主食を更に別の国から買うことだってできるだろう。しかし、そういう下から上への流れで最も底辺にある国はどうするのか。
