「すべての家庭にブロードバンドを」?

2010-06-02 13:59 / scribbles

別件で『Scientific American』のサイトへ訪れていた際に或る記事を見つけた。昨今の山手線周辺にあたる田舎者のコミュニティではインターネット回線を「インフラ」だと考えるのが当然らしいが、果たしてそうだろうかと考えさせられた。

ラリー・グリーンマイナーによる「誰がブロードバンドを必要としているのか?(Who needs high-speed broadband?)」という記事では、まず米国の連邦通信委員会(FCC: Federal Communications Commission)が今年の3月に公開した National Broadband Plan を紹介している。実際に National Broadband Plan のキャンペーンサイトへ行って、その Plan をダウンロードしてみたが(約13MB)、なるほど次の10年でブロードバンドをアメリカの多くの世帯に普及させなければ、これから政府管轄機関が発行する報告書や計画書の類は、容易にダウンロードできなくなるかもしれず、ことによっては州政府や連邦政府がアクセシビリティを阻害していると訴えられるかもしれない。皮肉はともあれ、というか Broadband and Government Performance というページを作っているくらいなので皮肉にはならないのかもしれないが、米国でのブロードバンド普及率を簡単に確認できるページもあって、このサイトはなかなかよくできている。また、ここからリンクしている SPECTRUM DASHBOARD では、米国内での周波数帯をどこにライセンスしていて、その用途はなんであるかを検索できる。

さっそくブロードバンドの普及率を地図で表示してみると、次のようになった。

これは、4Mbps を下回る世帯がどれくらいあるかを色の濃さで表示したものだ。この地図では米国行政区分上の「カウンティ(county、「州」の下の「郡」)」を単位としており、最も濃い青色のカウンティでは 25,000 世帯以上が 4Mbps 以下の回線でインターネットに接続している。一例として、フロリダ半島の南にあるパームビーチ・カウンティでは、全世帯のうち約 9 %にあたる 62,146 世帯がナローバンド(4Mbps 以下をそう呼ぶとして)しか使っていない。

なお、この地図では多くのカウンティで色が薄くなっており、殆どの地域でブロードバンドが普及しているように見えてしまうが、それは地図の塗り分けという視覚的な割り合いによって、各地域の世帯数が全く違っている点を無視してしまう誤りである。たとえば、イリノイ州には濃い青色の地区が全くない(ブロードバンド普及率が高い)が、そもそもイリノイ州には世帯合計が 10,000 世帯もないカウンティが多い。そうしたカウンティを薄い青色でたくさん塗りつぶしていっても、その数は米国の全世帯の中に占める比率としては僅かなのだという点を覚えておきたい。

さてグリーンマイナーの記事は、上記の National Broadband Plan について疑問を投げかけている。

Delivering high-speed broadband data flow consistently is not as simple as it would seem and is an area where the National Broadband Plan “got it wrong,” Comcast Senior Director for Public Policy David Don said [...]. The plan suggests that Internet service providers (ISPs), this would include Comcast, are to blame for Internet connections that are slower than peak performance, he said.

“We can talk about what our network is capable of doing,” Don said, “but the actual user experience is not something within our control entirely.”

高速ブロードバンドのデータフローを安定して提供するのは傍から見るほど簡単なことではなく、それは National Broadband Plan が「誤解している」ところだと、Comcast の公共政策上級ディレクターであるデイヴィッド・ドンは語っている。このプランは、彼によれば、インターネット通信のパフォーマンスが低い原因を、Comcast をはじめとするプロバイダのせいにしているのだ。

ドンはこうも述べる。「われわれは、ネットワーク通信の理論的な性能について語ることはできる」が、「現実に個々のユーザが何をどう体験できるかは、われわれがコントロールしてあれこれできることでは全くない。」

実際、”user experience” などというバズワードを持ち出すまでもなく、各家庭で使っているマシンのスペックが足りなければ 100Mbps で落ちてくるスケベ動画を観ようにも、まともに再生できないだろう。連邦通信委員会の言う「プラン」が、もしインターネットを使って全ての家庭で子供たちがサテライト授業を動画で受けられるようにするといった「体験」を実現しようとするのであれば、それはどこぞの国の子供手当てを上回る規模での税金投入が必要となるかもしれない。なにせ、各家庭に10万前後の最新パソコンを配布するか補助金を出して、プロバイダとの回線接続料金にも補助を出し、そしてもちろん電気代や OS の購入費用にも何らかの補助を出す必要があろう。いまのところ「フリーでオープンなインターネット接続プロバイダ」とか、「GPL の電気」(なんだそりゃ)は存在しないのである(もちろん、GPL などに言う「フリー」とは「ロハ」という意味でないことは知っている)。

また、記事の中で簡単に触れられているが、そもそも本当にみんなブロードバンドが必要なのかという問題は、もしかするとインフラ業者にとっては深刻かもしれない。いまどきの若者と言えば、ケータイかせいぜい iPad で、さほど重たくないコンテンツを利用している。一時期に比べて(買って維持する金がないという事情もあろうが)、パソコンをわざわざ自宅に購入して積極的に使うほどの動機が若者になくなってきたという見方もある。一日の大半を過ごす会社には既にパソコンがあるし、他にまともな趣味をもっていたり、外でごくふつうの人付き合いをしているなら、自宅でパソコンを使う時間など実は大してないからだ。他の人とコミュニケーションをとるという、そもそもの目的を果たすためだけであれば、いまや日本の若者にガラパゴスケータイを超える何かが必要かと考えてみると、彼らに「いやいや UNIX や emacs を生活の一部にするのは大切なことですよ」とか「Windows 7 があれば、もっと豊かな生活になりますよ」とか、「Mac OS X でクリエーティブうんぬん」などと説き伏せようとするのは、本末転倒を越えて異常だと言わざるをえない。

もちろん、「彼らには彼らのスタイルに合わせて環境をあてがっておこう、ブロードバンドなど無理に普及させる必要はない」などというのは、パターナリズムの振りをした傲慢である。それに加えて、ブロードバンドは教育コンテンツ、あるいは端的に言ってガキのためだけにあるわけではなく、医療をはじめとする公共サービスの向上にも資すると言われており、確かに医療情報を共有するとか、行政サービスの効率を上げるといった目的には有効だろう。ただ、最も有効であろうと思われる使い方が、遠隔地、もっとありていに言えば田舎の人々に効率よくサービスを提供する(サービス提供側から言えば、田舎者からも小銭をふんだくる)ことにあるので、(ブロードバンドを普及させることが望ましいと仮定して、)ブロードバンドを普及させるためには、コストの面から考えると、ケーブルを敷設し維持するという旧来のプロセスを、早急に無線アクセスポイントの設置へと切り替えなくてはならないだろう。

というわけで、実際にブロードバンドを必要とするほどの使い方をしている人が少ないからといって、ブロードバンド接続の普及について消極的に(あるいはそれを無意味なこととして否定的に)捉えるべきではないと思うのだが、それは飽くまでも「利用する条件を揃えたら使うのに支障がない」という環境を整備することにとどめるべきなので、つまるところそれは法的な指針や拘束力をもつような性質のものではないだろうから、市場の動向とプロバイダやキャリア各社の経営計画に大きく依存することとなろう。自治体や政府は、おかしな規制を設けて邪魔をしないように配慮すればよく、さながら税金を使ってルータを全ての家庭にばらまくかのような愚行は慎むべきである。

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KAWAMOTO Takayuki

Mr. KAWAMOTO Takayuki
also known as philsci
(birth day: Sep 20 1968)
live in Osaka city, Osaka, Japan.

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