Micro optimizations. Fighting the wrong battles for the wrong reasons. | Making Good Software

2010-01-07 01:11 / hittings

Micro optimizations are bad because:

  1. They switch the focus of the team from the big picture, they provoke the “Can’t see the forest for the trees” effect.
  2. They provide partial feedback.

Micro optimizations are usually implemented as check lists, metrics, reports, documentation or some sort of paper work that needs to be approved in order to move forward.

矮小な最適化が好ましくないのは、次のような理由による:

  1. それらがチームを広い視野を狭い視野へ置き換えてしまい、「木を見て森を見ない」状態へと駆り立てるから。
  2. それらが中途半端なフィードバックをもたらすから。

ふつう矮小な最適化の産物は、チェックリストとか、直交表とか、レポートとか、ドキュメントあるいは何らかのペーパーワークであり、それらは事態を前に進めていると誰かに認めさせるために必要とされる。

via Micro optimizations. Fighting the wrong battles for the wrong reasons. | Making Good Software.

ということらしい。

まぁ 140 文字以内で展開する公開 SNS が社会を変えると言ってみたり(「社会」って、あんたらの住んでる「マーケター社会」とか「広告代理店社会」とか「ネットジャンキー社会」とか「トレンド紹介ライター社会」のことなんじゃないの?)、単なるいち携帯端末が夢のようなコミュニケーションを実現するとか言ってみたり(まぁそういう人たちは、本当にヘラクレス上場とかの夢を見てるんだろう)、いわゆる末端ものづくり日本人がお得意の部分最適化を描いたような話ではある。もちろん、論点先取ではあるけれど、「末端」でない人々は部分最適化などに固執してはいないだろう。

例えば、こういうものをれっきとした企業のサービスとして提供してゆくなら、Twitter という一つのサービスは「ただの木」でしかなく、その周りで一般人よりたかだか数年ほど早く使い出しただけの三文文士どもが騒いでる「社会」とか「コミュニティ」も、しょせんは「ただの木」でしかないという見識が必要だと思う。そして、もちろん難しいのは分かっているのだが、とかく IT ベンチャーの経営者の力量に差が出てくるのは、「木ではなく森を見る」というスケール感しかないのか、それとも質の違いとか時間軸も考慮するかどうかであろう。時間軸を考慮すると、最初は物珍しさで集まってくるユーザが多くても、いずれは陳腐化するわけだから、サービスの展開や変質を見通す際に、もともとのコンセプトがどれくらいのポテンシャルをもっているかが重要になってくる。

Twitter は、確かにデータの取り回しという、もっと広い視野の中に置かれたときにも高いポテンシャルをもっている。それは 140 文字でデータが軽いとかいう絶望的に詰まらない理由によってではない。そもそも、マイクロブログは Twitter が発祥ではないので、サービスとしての成否を分けたのは、つぶやきの長さといった下らない理由ではなく、「マイクロブログの姿をしたデータストリームの表出点」としてサービスをとらえたことにあったはずだ。

それは、見た目にはシンプルに見える。Twitter など、ただの「ウェブ規模の公開チャット」だと言ってもよいほどだ。しかし、Twitter が結節点となっているデータストリームの全容は、データだけでなくサービスどうしの連携という見方をした場合でも、チャットとはまるで違っている。2005年にエヴァン・ウィリアムズは「自分が取り組める小さな問題を解決する便利な」サービスをリリースせよと書いたが、それは Twitter や mixi や CMS にぶら下がっている数々のサービスを指しているわけではない(これらは個人が有償・無償を問わずに提供するのに適しており、プラットフォームサービスへの依存度が高すぎて企業が提供するようなものではない)。

かたや、部分最適化あるいは矮小な最適化が大好きな「ひまつぶしものづくり」の大家たちの手にかかると、山手線を一周するくらいの間に「新サービス」がレンタルサーバ上に実装されて、もう一周すると「2.0」になっており、更に一周すれば hatena や Twitter のユーザたちに「消費」され尽くしてブックマークの片隅に追いやられるといった末路をたどる。とはいえ、一部のプレゼンテーションに意欲的なサービスは VC を捕まえられるかもしれない。やがて『ワールドビジネスサテライト』で頭の弱そうなレポーターによって紹介されたりするだろう。

しかし、それらがおしなべて唾棄すべきものだと言いたいわけではない。そうした栄枯盛衰そのものは、膨大なエネルギーの浪費ではあるにしても、見ていて面白いのは確かだ。どのみち我々は、第三世界の貧乏学生までもが自宅サーバの電源を付けっぱなしにして一攫千金を夢見るような時代に突入してしまったのだし、部分であれ全体であれ、なんでも変革なり最適化してみろとしか言いようがないのではないか。エネルギー効率を極端に高める技術を見つけたり次世代のエネルギーを実用化するのが先か、それとも現行のエネルギーを使い果たすのが先か、我々は既に壮大な賭けにコミットメントしてしまったのである。先に講演会を紹介したニクラス・ルーマンなら「愚かなことだ」と言うかもしれないが、もう後戻りはできない。

これは皮肉でも絶望でもなく、ただの素描ではある。

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KAWAMOTO Takayuki

Mr. KAWAMOTO Takayuki
also known as philsci
(birth day: Sep 20 1968)
live in Osaka city, Osaka, Japan.

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