『コミュニティを問いなおす』
2009-12-29 19:58 /
気分としては「『コミュニティを問いなおす』を問い直す」と言うのが相応しい。というか、何か自分が勘違いをしていたのかと反省させられるような勢いのあった「快著」と言うべきなのかもしれない。
『コミュニティを問いなおす―つながり・都市・日本社会の未来 (ちくま新書)』は、「関係性(2)」で紹介したときに良書の類だと評したけれども、正確には「快著」と言うべきだったかもしれない。
まず、「関係性」という語については述べないでおく。「タームの雰囲気だけまとった浅薄な表現でしかない」と、薩摩示現流がごとくバッサリやったくらいで体系やロジックが壊れる学問など、そもそも存在しないからだ。逆に、このような瑣事でロジックが成り立たなくなるような研究者は消えてしまえということでもある。この程度で崩壊するのは、つまみ食いだけで学問の真似事をしている連中だけであろう。
さてでは内容なのだが、実際に一読された方はお分かりのとおり、実は本書には「コミュニティとは何か」という話は殆ど出てこない。なので、言ってみれば「コミュニティの概念に関連する色々なこと」を、アンケートの個別回答を論評するというレベルから、時代や地域をまたぐシステムというレベルまで、縦横無尽に論じてみるテスト、みたいな本と言った方がよい。しかし、その「コミュニティ」についての物象化は、思慮の浅い者が論じるときに見せる「言葉の字面に絡め取られたような議論」ではなく、一種の豪快さを伴っている。ちなみ言うが、今回は皮肉ではない(笑)。
したがって、本書に対して「あなたは何故、『コミュニティ』なるもの、つまりはその概念が固有の内容をもって成立することを、全く疑わずに議論しているのですか」と問うのは、簡単すぎて馬鹿げていると言うべきなのだろう。寧ろ、本書で筆者が当然のように<ある>と思ってしまっているのは、いったいどうしてなのかと問う方が有意義かもしれない(それを「臨床」などと表現すると皮肉になってしまうわけだが)。
先に評したとおり、「コミュニティ」という概念がかかわりをもちそうな話題はたくさん出てくるので、福祉政策と都市政策の両立という話だとか、近年の日本人がムラやカイシャからも切り離されて孤立感を深めているといった話の中から、比重を置いて検討したいテーマを色々と引き出すことができる。ただ、それらの相関を説明するロジックが弱いと思った。「どれもこれも関係あるでしょ?」と言われれば、社会科学に一定の素養がある人間なら否定する方が難しいと感じてしまうだろう。なにせ、「コミュニティ」を正確に定義していないので、「かかわり」とか「関係性」とか「結びつき」と言われたら、なんでも人と人の関係の話として通用できてしまう。
あと、議論の切り口がアカデミックでないというか(あながち悪い意味ではないのだけれど)、どうも何々白書のような役人っぽい文章に感じるのは何故なんだろうか。
[追記:2010-02-12]
自己紹介で「科学史・科学哲学」専攻ということらしい。科学哲学? あれかな、いっときアメリカで都市計画とか経済を論理実証主義的に論じるなんてのが流行ったけど、あれと同種なんだろうか。

