最終更新日: 2009年07月01日

ウェブ業界はどこを向いているのか・その5

2008年05月29日 02:43

今回は、さきごろ上梓された『御社のホームページがダメな理由』(竹内謙礼)という本を題材に、ウェブ制作プロダクションや開発会社の現状を検討してみたいと思います。この本については、各論では異論もありますが、書かれている大筋の指摘は正しいと考えるので、本屋さんで見つけたら開いてみて下さい。

今回は題材を使ってウェブ業界の現状を検討してみようと思います。題材とするのは、

御社のホームページがダメな理由―98%は死んでいる

『御社のホームページがダメな理由』(竹内謙礼/著, 中経出版, 2008)です。この書物は、ウェブアプリケーションのサービスサイトや自社のコーポレートサイトを立ち上げようとしている企業、あるいは EC サイトを運営しようとしている企業に向けて書かれており、四章立てになっています。第一章と第二章は「インターネットは儲からない!」、「ホームページ運営のムリとムダ!」というネガティブなタイトルになっていて、後半の第三章と第四章に進むと「ダメなページから抜け出す方法」、「御社もできる! 5つの成功事例」として対策が提案されています。今回は前半の第一章を題材にして、この書物とは別の切り口、つまり制作プロダクションや開発会社の側から見て竹内さんの指摘を検討します。

ホームページにムダなお金を使うな!

さて、では竹内さんの著書の本論に入ってみましょう。まず第一章を読むと、ネットビジネスを検討している企業に、制作会社は不必要ないし不適切なコンテンツやプロモーションを提案してくると指摘しています。しかし・・・

そもそも、ホームページの役割というのは、みなさんが思っているほど大したことはない。

「お客さまが好きなときに、好きな量だけ情報を得ることができる」

これだけである。

テレビや雑誌は情報量が限られており、なおかつタイミングよく情報を提供するには、「広告費」というお金がかかる。

しかし、ホームページはお客さまが好きなときにアクセスしてくれれば、それに対して適切な情報を提供できるメリットをもっている。

つまり、お客さまが情報を得るのに適したメディアのひとつであって、決して、お金儲けに直結するような営業ツールではないのである。

『御社のホームページがダメな理由』,p.17.

これを制作プロダクションや開発会社について書き直してみると、次のようになるでしょう・・・

そもそも、サイト制作・構築企業の役割というのは、みなさんが思っているほど大したことはない。

「クライアントが好きなときに、好きな量だけ情報を配信できるようにサポートする」

これだけである。

テレビや雑誌は情報量が限られており、なおかつタイミングよく情報を提供するには、広告代理店への委託というお金がかかる。

しかし、制作会社や開発会社はクライアントが可能な限り早い機会に起案し発注してくれれば、それに対して適切なサービスを提供できる可能性をもっている。

つまり、クライアントが情報を配信するために利用するサービスのひとつであって、決して、お金儲けを代行してくれるような企業ではないのである。

竹内さんが、ネットビジネスを始めようとする企業に対してウェブサイトの役割を説明する文章は、見方を変えて表現すると、ウェブ制作・構築の役割を説明する文章に置き換えられると思います。

著書の中では、ウェブ制作プロダクションや開発会社が、実は大して費用対効果のないメルマガや動画配信を提案してくると言われていますが、それは状況を変えればクライアントについても同じ事が言えます。例えば、「ブログをやったことがある」とか「ほーむぺえぢを作ったことがある」とか「ネットサービスを適当に使っている」という理由で、ウェブサイトを運営するに当たっても何事かを分かっているつもりの「担当者」という名の怪物がクライアント側にどんどん増えてくるはずです。既に「その1」で述べたように、他業種から鞍替えしたデザイン事務所やソフトハウスの一部の経営者よりもマシとは言え、実際には彼ら彼女らも「ただのユーザ」であることに変わりはありません。

また、「その2」で述べたように、クライアント側のウェブ担当者は、事業所としてのウェブサイトを運用するための事業戦略や業務フローについて起案する能力・経験・職権をもたない場合が多いため、結局は大切なところで(大概はウェブサイトの構築や運用だけでなく戦略も分かっていない)上長の判断や決裁を仰がなくてはならなくなります。加えて、ネットをよく使っているというだけで若手社員が窓口になっている場合も多く、言ってみれば自分たちの本業についてすら限りなく素人に近い人が窓口としてあてがわれているのが現状です。例えば大企業の案件ではよくあることですが、発注側の担当者が受託側のディレクターと一緒に、あれもやりたい、これはどうだろうと、キックオフ直後の(たとえそれがコンペ中であったとしても同じ事です)重要なフェイズをブレストという名前の茶飲み話で浪費し、終盤になってシステム担当部署や法務からどんでん返しを食らうといった悲喜劇は、この業界には数限りなく見られます。大した根拠もなくあれこれと無駄なサービスをウェブサイトにつぎ込もうとするのは、受託側だけに限ったことではありません。

「ネットなら何でも売れる」というのは幻想だ!

EC サイトが成功するためには、まずユーザをサイトへ誘引する経路を確保し、ネットショッピングするユーザにネットショッピングしたいタイミングで、可能な限りたくさん来てもらうことが条件となります。EC サイトという入り口さえ作ってしまえば、そこから人が勝手に商品を買ってくれる、などという発想でウェブを利用する態度は「商売」とは言えないのであり、まるで田舎の路地に小銭入れと野菜カゴを放置しているのと全く同じだと言ってよいでしょう。

竹内さんの指摘では、そもそもネットで売れ易い商品は限定され、それ以外の商材は手間暇をかけなければ全く売れないのだと言います。例えば、大学時代にアルバイトをやったとか、どこかの企業でせいぜい十数年ほど会社勤めをした程度の経験で EC サイトを立ち上げ、起業しようとするベンチャーは後を絶ちませんが、こういった素人商売人が一様に口にするのは、「ネットを使えば遠く離れた人々からも注文が取れる」というバカの一つ覚えです。インターネットが普及し始めた90年代の後半には、世界中に広がるネットワークというただの物理的な事実を「販路」と同等に考えてしまう、愚かなコンサルタントが山のように出現しました。現在も、競争相手が少なく、いたとしても同じくらいのヘタレしかいないという地の利を活かして、地方にはこうしたヘタレコンサルがいまだに生息しています(というか本人達は大まじめで温厚な人々なのだと思いますが)。いや、実は東京や名古屋や大阪や福岡にもいるわけですが、あまりにもひっそり活動しているので、なかなか目に入らないだけなのです。そして彼らは地元の中小企業を相手に、「御社と御社のサービスや商品を世界に向けて宣伝しましょう!」と、善意に満ちあふれてはいますが本質的には愚かとしか言いようがない提案をします。それゆえ、発注企業の側に立った場合には竹内さんの指摘は的を射ていると言えます。

今回は、制作プロダクションやウェブ系開発会社の立場で竹内さんの著作を紹介していますから、少し視点を変えてみましょう。受託による制作・構築業務がメインとなる制作プロダクションや開発会社は、コンサルタント業のように「御社の商材はネットを使っても大して売れませんよ」などと言いません。クライアント側のサービスや商品にネットでの訴求力が本当にあるかどうかなど、受託側の知ったことではないからです。ごく普通の制作プロダクションにできることと言えば、せいぜい限られた予算内で、サービスや商品をよさげに見せるビジュアル的なハッタリをカマすか、商品やサービスにまつわる各種のロクでもない周辺情報をばらまくためにメルマガ配信システムとか CMS をどこからか拾ってきて実装してあげたり(場合によっては、たいていセキュリティの観点からはどうしようもないレベルの、オリジナルなシステムを実装することもあります)、あるいは SEO と称する「作文+スパムサービス」を代行するといったていどのことです。

受託側が、クライアントの商品など売れようと売れまいと関知しないのは、或る意味で当然と言えます。なぜなら、ウェブサイトの制作や構築は、業務委託契約であろうと業務請負契約であろうと、サイトの納品にまで至れば完了であって、その後にクライアントがサイトを公開しなかろうと、事業として最終的に失敗しようと、関係がないからです。もしあなたが発注側の立場なら、さぞかしムッとするかもしれませんが、ではこう考えてみましょう。クライアントから問い合わせがあった時点で事業運営体制を訊ねたり、クライアントがウェブサイトの運営にどれくらいコストをかければ成功の見込みがあると考えられるかを分析するといった、本来は中小企業診断士や会計士が本業として行うレベルの予備調査を、ただの問い合わせ段階で制作プロダクションがやってくれると思いますか? 逆に、あなたが制作プロダクションやウェブ系開発会社の経営者なら、自社のプロジェクトマネージャーやウェブディレクターに中小企業診断士の資格を取得させて、そこを強みにしようと思うでしょうか。どちらも「そんなことは無理だ」と言わざるをえません。

理由その1。ふつう、ウェブ制作プロダクションや開発会社に、中小企業診断士の資格を持っているディレクターはまずいません。そしてこれまで何度か強調してきましたが、制作プロダクションのディレクターやデザイナーや SE に、個人的にであれ自社の業務であれ、EC サイトを自ら運営した経験があったり(ページ更新業務などを意味しているわけではなく、そのサイトの運営にかかわる企画・会計・経理から顧客対応までひととおり経験した人でなければ意味がありません)、特にそれを成功させた経験がある人など殆どいないのです。つまりウェブサイトをどうやって運用すればどれくらいの効果があるのかを、多くの制作プロダクションでは、理解していないばかりか試してみたことすらないと言って良いでしょう。そのようなノウハウをたくさん持っているのは、制作プロダクションではなく、アダルト専門の運営会社なのです*12。それらは自社のサイトで収益を得ている「運営」会社ですから、他社のウェブサイトを受託で制作しません。ごくふつうの制作プロダクションには、クライアントの事業や商材を分析したり、販売計画の一環としてウェブ上での戦術を立てるスキルはないのです。もしあなたが発注側に立っているなら、やはり自分たちの事業は自分たちでノウハウを培ってゆき、運営するのが一番だという点を、改めてはっきり自覚しましょう。大工さんや一級建築士に店舗を建ててもらっておいて、店番までさせる事業主なんかいないのです。

*12 アダルト専門の運営会社がたくさんノウハウを蓄積できる理由は、実際にそうした会社を何社か見ていると、次のように説明できます。

  1. まず、基準がシンプルかつ測定可能であること。リンク集サイトやエロブログなら、アクセスだけが指標となります。その代わりに、いわゆる偽アクセスを検知するノウハウも高い水準で保有していなければなりません(ですからリンク集サイトやエロブログの運営担当者にネットワークやプロトコルの素人はいません)。
  2. 次に、運営を失敗したときのリスクが低いこと。アダルトの場合、運営会社の社名を公開してリンク集サイトやエロブログを運営しているところは殆どありません(会員制の動画サイトなどを除く)。したがって、アクセスが伸び悩んで収益に結びつかない場合や、サイトの利用者とトラブルが生じたときも、さっさとサイトを閉鎖して新しいドメインを取得すれば、何事もなかったかのように再び新規参入できます。
  3. 上記の理由から、違法行為にさえ注意すればサイトの運営をアルバイトや社員それぞれに任せて試行錯誤させてもよいため、インセンティブ制を導入すれば簡単に担当者のモチベーションが上がります。また、社員やアルバイトは基本的に同じ業務をやっているので、制作プロダクションのように、或る人は FLASH の AS 3.0 を知らないとか、別の人は某社の案件で制作物を納品するための専用 CMS ツールの使い方を知らないといった情報の不均衡が起きにくく、知識の共有や伝達が速いというメリットもあります。
  4. そして、アダルトサイト運営にあたって集客の鍵を握るのは、Google や Yahoo! といった検索エンジンではなく、他社のリンク集サイトです。したがって、或る程度は手の内が分かっている相手に「営業活動」をするため、相手のサイトによほどの事情がないかぎり、こちらから一定の数のアクセスを送れば相手もアクセスを返してくるという単純なビジネスルール(というか、相手のことはよく分からないので仁義と言ってもよい)で運営できます。
  5. 他にもありますが、最後に一つだけ加えると、特にリンク集サイトやエロブログは元手が殆どかからないこともリスクヘッジになっています。アイドルの画像や DVD のキャプチャーなど、あるていどは自由に使ってしまっているので(本来は著作権法違反の筈ですが)、制作環境だけ渡せばすぐにサイトの構築作業に入れます。まぁ制作するためのソフトウェアは、たいていロシアとか東欧の知らない人たちがつくったジェネレータで、シリアルを弾き出して使っていたりするわけですが。ただし、取引(アクセスのやりとり)がある会社の有料サイトに出ているモデルさんの画像を、紹介目的ではなくサイトのビジュアルデザインに使ってしまうと、そのサイトは干されてしまいます。

理由その2。今度は制作プロダクションや開発会社の側から見てみると、簡単な話ですが、自社の社員に中小企業診断士の資格を保有する人がいると考えて下さい。彼ら彼女らは中小の制作プロダクションで 1,000 万円以下の年収などに甘んじていなくても、他に転職先があると考えて当然です。そうした資格をわざわざ取得するくらいのモチベーション(能力とは言っていません)がある人なら、資格を取得したらさっさとウェブ業界から出て行くか、もっと好待遇のコンサルティングファームにでも行こうとするでしょう。そもそも、そのような人材を維持できる制作プロダクションは限られているのです。

そして理由その3。仮に、ウェブサイト制作・構築業務を成約してもいないのに、クライアントの事業計画や商材の特徴を調べ上げて、更には中小企業診断士に匹敵するスキルを持った人が分析までしたとしましょう。さて、その時点での販管費が5人日として25万円かかっているとすると(この数字が高いと思った方は、一度でも会社を経営するか役員にでもなってみてください。このくらいの数字が、まともな経営をしている制作プロダクションとして損益分岐点ギリギリだということが分かるはずです)、このような業務を企業として提供するためには、売上額と限界利益率がどのていどまでなければ、そのうち破産してしまうでしょうか? クライアントに提供する成約前のサービスが増えれば増えるほど損益分岐点は高くなるので、一つの会社が提供できる限界の工数に見合ったサービスを提供するには、見積もりに何らかの怪しげな名目で25万円をこっそり足してみたり、工数単価を数千円だけ目立たないように増やしてみたり、このような手法はどの業界にもありふれていて、わざわざ言うまでもないでしょう。ざっと計算してみると、10名の制作プロダクションで毎月2,000万円の案件を一つだけ受けていると想定するなら(一回の成約前サービスでよい)、おおよそ限界利益率を30%として、なんとか損益分岐点に立てるといったところです。平均の売上や限界利益率がこれよりも低い企業(圧倒的多数がそうだと思いますが)や、成約前のサービスが5回も10回も必要となる企業は、そもそもこのようなサービスを事業として提供できないのです。

「金・コネ・頭なしでも儲かる」というウソをまだ信じるの?

次に竹内さんの矛先は、ネットバブルの頃にしばしば見られた素人商売人の成功談へと向けられています。もちろん、アフィリエイトで年商数千万円という人は、いまでもいます。ここ数年で見ても、オンラインで FX をはじめたばかりの一般人が数億円の脱税で検挙されるといった報道も何度かありました。加えて、なんらかのネタで大量のアクセスを集めた一般人が、広告収入だけで生活しているような話など、小さな話から Google, Apple, mixi の成功談に至るまで、ネットには起業家の夢が溢れています。既存の中小企業経営者や起業家(それにしても「起業家」っておかしな日本語ですね)、あるいは単に脱サラしたくてウズウズしている連中にしてみれば、まだネットで自分も大儲けする余地があると考えたくもなりましょう。

しかし、ネットで成功した企業の「情報」が、パブリシティや利用ユーザの言及ゆえに溢れているのは、インターネットも結局は、成功者の発信する情報が多くのオーディエンスを獲得しがちなメディアだからに他なりません。ネットをフィールドとした小商売や起業は、小学生から高齢者まで手をつけられるくらい安易なので、実は他の産業と比べても成功率はたいへん低いと思われます。特に、EC サイトであれサービスアプリケーションであれ、実店舗も在庫も不要(そしてなぜか販路=営業活動も、リスティング広告やスパムコメント以外は不要と思っている起業家がいたりする)という条件は、それが「企業活動」や「商売」の名に値するかどうかはともかく、誰でも明日からいっぱしのサービスサイトのオーナーになれるといった具合です。そうした人々は実態として把握するのは困難でしょうが、夥しい数の成功者がいないという事実からは失敗者が夥しい数に上ると考えられまず。そして、それらの失敗した人たちはネットから簡単に退場できますし、やり直すにしてもドメインやサイト名あるいは企業名を、歓楽街のスナックよろしくゴロッと変えてくるので、継続して優位に立ち続ける成功者だけが目立つだけの話なのです。

そもそもこれはネットに限った話ではなく、成功者自身による後日談や分析は、本質的に結果論だという運命を逃れられません。そして、そもそも社外秘とも言えるノウハウや人脈などの事情があったとしても、公表できるはずがないのです(いったいどこの創業者が「ヤクザの資金で上場しました」とか「経済産業省から天下った人のコネで大規模開発を受注しました」などと書くでしょうか?)。また、ネットのように送り手の技術や買い手の嗜好が移ろいやすい市場では、数ヶ月前の「販売戦術」が一年を待たずに陳腐化してしまうことだってあります。営業さんやプロデューサさんが口にしていた、バズ、CGM、バイアラスといった昔懐かしきマーケティング用語は、いったい何ヶ月前の流行だったでしょうか。そういえばかつては、なんとか 2.0 とか、なんとか beta いう表現もありましたね。ただの DHTML を Ajax と称してみたり(もちろん本当の Ajax の仕様は、プロですから知っています)、それはそれは古き良き時代だったのでしょう。

というわけで、竹内さんは発注側企業やウェブサービスの起業家に対して忠告しているわけですが、実は受託側の制作会社や開発会社にも、真顔で「Web 2.0」という言葉を使う人がいますし、それがなにやら新しいコミュニケーションだとかネットの姿だとか、あるいは民主主義とかメディアとか、ともかく「よきものであるぞ」と言って憚らない人もいます。そして、その恩恵がどこの会社にも降り注ぐと言わんばかりに、「御社もここら辺でほーむぺえぢを立ち上げて(リニューアルして)はどうですか?」と、クライアントを諭すわけです。アメリカの映画にはよく登場しますが、こういうセールスパーソンの語っている朗らかな成功予測(皮算用)は、実際のところ殆ど根拠がなく、たいていは常識的にありえない前提でロジックを立てています。例えば、「EC サイトを開設して1ヶ月後に利用者数が10万人を越えたら、これくらいの利益が出ますよ」などと平気で企画書を書いてくるわけです。これは、もう何度も述べたようにウェブ技術や市場動向をまじめに(つまり、最低でもプロダクトマネジメントの作法に則って)調べ上げて分析していない、事業戦略的な観点では殆ど素人と言っても良い人々が制作プロダクションや開発会社を立ち上げているからです。そうして、口先だけのセールスマンを「豪腕ウェブディレクター」として抱え込み、彼らよりも更にネットをよく知らない、哀れな中小企業の社長さんたちを囲い込み始めるわけです。これも業界内ではよく知られているように、最初は芸大の学生や主婦が暇つぶしにつくった綺麗なページを CMS にはめ込んで提供し、効果が上がらなければ SEO 対策費、もっと頼めばリスティング広告費やシーディング費用(と言っても、自前で運営しているサテライトサイトからアクセスを流したりしているわけですね)などと、予算がどんどん膨らんでいきます。こういうパターンは、かつてどこかのワイドショー番組で見たような気もしますが(父親が娘を脱会させるのに腐心したあれですよ)。

まったく参考にならない「成功事例」を信じるな!

前段と同じ主旨ですが、こちらでも竹内さんはネットバブル期の成功談はいまごろ通用しないと強調しています。まったくその通りで、経営や事業戦略に長けている人は、バブル期であれ現在であれ一定の業績を上げているはずであり、バブル期の成長物語しか語れないような経営者は、既に一定の目標(例えば株式上場など、事業主としてはきわめて控えめな目標)に達して、才能や努力をつぎ込むのを止めたと見るべきでしょう。そのような人々は最早、事業の管理人でしかなく、昔話を聞くのはかまいませんが、それ以外はせいぜい資本力にモノを言わせて派手な賑やかしイベントができる程度であって、取るに足りません。

さて、ここでは竹内さんの著作と僕の認識で異なる点を一つ挙げましょう。それは、旧世代の成功者が語るノウハウと、次世代の成功者が語るノウハウには違いがあると書かれている箇所です。もちろん両者に違いがあるという前提は正しいと思うのですが、どういう点で違っているかは、僕の認識と少し異なるので取り上げさせていただきます。

竹内さんの著書(p.55)では、旧世代の成功体験者にあったパターンとして、「システム開発等の知識が豊富」だったという点が指摘されています。僕は、これは次世代の成功体験者にも共通するのではないかと思っています。もちろん、mixi や Hatena のように、経営者自身がエンジニアである必要はありませんが、元ライブドアの堀江氏や2ちゃんねるのひろゆき氏も少しはプログラムをいじくっていたようですし、IT やウェブ業界に限ると、成功している企業に技術オンチの経営者は少ないと言えるように見受けます。ただ、竹内さんの観察にも理由がないわけではなく、いっときのネットバブル期に起業し、後でバタバタと廃業していった会社は、確かに IT ゼネコンを脱サラしたプロジェクトマネージャーやシステムエンジニア出身の(経営戦略や実務に見識や経験が殆ど無かった)起業家が多かったという印象があります。したがって、過去の苦い経験から、現状の IT 企業ではエンジニア出身の CIO や CTO を積極的に立てない傾向があるのも首肯できるのです。

それから竹内さんの「成功体験者」が、ウェブアプリケーション事業を含まず、ネットショップや既存企業のウェブ担当部署というドメインに限定されているようにも見受けます。そういう条件つきであれば、ネットショップを成功させるために PMBOK を理解する必要はあまりないので、ネットではなく他の事業ドメインについて豊富な知識や経験をもっている方が、よいバックボーンだと言ってよいでしょう。とは言え、それでも、ネットについて素人同然では、やはり道具の使い方を知らないまま事業計画や戦略を立てることになるため、技術者の提案を自分で検証できなかったり、ロジックにおかしな点があるかどうかだけでも察知できないという、不利な立場で経営を進めることになります。

「メーカー自身の直販サイト」は失敗する!

第一章の最後に、竹内さんはメーカーが直販サイトを運営することはきわめて困難だと指摘しています。これは制作プロダクションや開発会社の側から見て、特に指摘できることはありません。逆に言えば、ここは全く事業戦略上の決断が核となるので、あの懐かしき SIPS とかコンサルティングファームのように、事業の成否にまで責任をもつ企業でなければ、軽々に口を挟むべきものではないでしょう。

それを承知の上で最後に述べておくと、竹内さんが直販サイトの失敗理由として挙げている項目の中で、広告費という概念をもたないメーカーが多いという点には、注釈が必要です。もちろん、問屋への卸売りだけで運営されている企業にも、広告費という概念はあります。ただし、その広告費が集中するのは殆どがブランディングやパブリシティ目的のプロモーション活動であって、直に集客や売上へと結びつくものではありません。更に、ブランドをプロパティマネジメントの資産として厳格に管理している業界では、ネットでの販促活動を積極的にしないところも多いのです。竹内さんの言い方では、メーカーは自社の商品力を過信しがちだという話になりますが、それは企業の規模によって事情が異なり、au やパナソニックは商品力うんぬんよりも前に企業としてのブランドが強いので、ネットよりもまだまだ影響力の大きいテレビや新聞を利用できます。

勘違いされやすいのですが、これからネットの利用者が増えていくとテレビの影響力が弱くなるとされ、ネットの広告費は相対的に増えてゆく筈だと、気軽に考えている制作プロダクションもあります。それは、現状ではあるていどの規模で正しいと言ってよいでしょう。しかし、一方にはネットゲームの RMT とか金融取引によって泡銭を得た高額所得者がいてあれこれと買うでしょうが、他方にはネットで買い物などしない多くの消費者層がいるのです。上の方の消費者層、極端に言えば皇族がヤフオクでプラモデルなど買わないでしょう。逆に、ネットでよく売っているような「結局、人間が生きてゆくためにはどうでもいいようなもの」を、低所得層の人々がせっせと買うわけにはいきません(所得がひと月で20万円にも満たない家庭がネットで買い物などしないでしょうし、逆に所得がひと月で20億を超えるような人々はネットショッピングなどしている暇はないでしょう)。雑な言い方ですが、ウェブショップの商売とは、要するにネットを徘徊して買い物をする程度の小遣いと暇をもっている所得層だけが相手なのです。

それでは、「売り物としてのウェブサイトやシステム」を考えるとどうでしょうか。これまで述べてきたように、ウェブサイトや自社のシステムを運営・運用するということは、一つの事業所を維持することに匹敵すると述べました。したがって、プロモーション目的で3ヶ月ほど運営すればよい場合はともかく、自社のコーポレートサイトや社内のエンタープライズシステムを、3ヶ月や半年で受託企業を替えて作り直すわけにはいきません。もしそうなれば、受託側企業にも或るていどの問題はありますが、発注側の事業プロジェクトとして明白に失敗との判断を下さなければなりません。したがって、ウェブサイトやシステムは既製品ではなく、発注側の責任が最も大きい特注品だと言ってもよいので、発注側企業の事業計画やサイト設計のスキル(端的には RFP へと結実する要求定義能力と納品物の評価能力)が上がれば、たやすくウェブサイトや社内システムなどリニューアルする必要はなくなるわけです。すると、そうした無駄なリニューアルが減って企業の体力を(たとえ僅かでも)温存でき、運用のスキルも保持してウェブ上での戦略を更に有益な水準へと引き上げてゆけるようになれば、どれほど受託側がサイト制作やシステム開発の単価を下げようとも、大して効果も見込めないままリニューアルしたり、新規にどこかで乱痴気騒ぎのようなプロモーションサイトを立てる必要などなくなります。そして、発注側が自力でウェブ戦略や運営ポリシーをきちんと立てるまでになれば、ごく普通のウェブ制作プロダクションが応じられるレベルの要求定義ではなくなります。そうなってくると、受託側に「ネット制作はCMより安い」といった幻想のもとで「価格破壊」を実現することが第一の要求になっているような発注側企業は、そもそも本業の事業計画も怪しいと考えた方がよく、どのみち頻繁に入れ替わるだけであって、ウェブ業界の顧客層としては飛躍的に数が増えたりしないと考えるべきではないでしょうか。

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